初版発行日 2005年7月20日
発行出版社 毎日新聞社
スタイル 長編
私の評価
作品全体にただよう怒りと悲しみ。42年前、小樽運河戦争でおこった事件の復讐を果たすため、元警視庁捜査一課の刑事が、小樽運河をまえに、覚悟を決める。
あらすじ
十津川の先輩刑事・木村が定年を迎えた。警視庁に勤務してから一度も帰郷しなかった故郷・小樽へ帰るという。今になってなぜ? そんな折、上野で女性が殺された。警視庁に届いた「死んだ女性のことを捜査しないで下さい」という小樽発のファックス。「かなしきは 小樽の町よ」悲しみ溢れる啄木の歌が好きだと言った木村の姿がふと十津川の脳裏に浮かんだ……。
小説の目次
- 帰郷
- 同窓生
- 運河の匂い
- 対決
- 友よ
- 海の見える丘
- 啄木の唄
- 迫りくる死
- 最後の時
- 続・最後の時
- 逆転
- 故郷幻影
冒頭の文
四月五日の夜、木村夫妻が、十津川の家に立ち寄った。
小説に登場した舞台
- 寝台特急カシオペア
- 札幌駅(北海道札幌市北区)
- いしかりライナー
- 小樽駅(北海道小樽市)
- 中央通り(北海道小樽市)
- 小樽運河(北海道小樽市)
- 小樽港(北海道小樽市)
- 祝津海岸(北海道小樽市)
- オタモイ岬(北海道小樽市)
- オタモイ遊園地跡(北海道小樽市)
- 新千歳空港(北海道千歳市)
- 網走刑務所(北海道網走市)
- 網走駅(北海道網走市)
- 二風谷(北海道・平取町)
- 能取湖(北海道網走市)
- サロマ湖(北海道・湧別町)
- 龍宮台(北海道・湧別町)
- 室蘭(北海道室蘭市)
- 釧路湿原(北海道釧路市)
- 上野駅(東京都台東区)
- 上野公園(東京都台東区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 木村真太郎:
60歳。3月末日で定年退職した警視庁捜査一課の刑事。一匹狼で万年平だったが、十津川警部の先輩だった。定年を機に、妻を連れて故郷の小樽へ戻った。 - 木村秋江:
木村真太郎の妻。東京生まれ東京育ち。 - 木村恵次郎:
木村真太郎の父親。ジャーナリスト。小樽運河埋め立ての反対運動の急先鋒だった。42年前、死亡した。 - 長谷川里子:
60歳。小樽市郊外のマンションに在住。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。上野公園内にある国立博物館の裏手で死体となって発見された。 - 戸田日出夫:
平取町の二風谷でアイヌ語教室を開いている。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。 - 戸田昌夫:
25歳。小樽駅前の不動産屋の店員。戸田日出夫の息子。 - 古沢康之:
70歳。小樽市街の喫茶店「モナミ」のマスター。小樽運河に死体となって浮かんでいた。 - 古沢恵子:
58歳。古沢康之の妻。小樽運河に死体となって浮かんでいた。 - 三浦誠:
60歳。函館市内にある三浦工房の社長。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。 - 大西愛:
5歳。三浦誠の孫。 - 菊池勇:
60歳。小樽市議会の副議長。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。 - 菊池勇気:
7歳。菊池勇の孫。 - 鈴木信介:
60歳。小樽市内にある倉庫会社の社長。小樽築港駅前のマンションに在住。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。 - 鈴木信之:
32歳。鈴木信介の息子。鈴木信介の倉庫会社で営業部長をしている。 - 安原恵伍:
60歳。網走刑務所に服役中。過去に何度も犯罪を繰り返している。木村真太郎の高校時代の同級生。木村真太郎と一緒に同人誌を作っていた。
その他の登場人物
- 安倍:
北海道警の警部。 - 鈴木伸子:
鈴木信介の妻。 - 田島伍郎:
40歳。浅草千束のマンションに在住。浅草のバーで働いている。 - 小笠原:
小樽市内の弁護士。
印象に残った名言、名表現
(1)石川啄木が小樽で残した歌。
かなしきは 小樽の町よ
歌うことなき人人の
声の荒さよ
(2)小樽運河の水面をみて、昔の小樽に思いを馳せる。
木村は、昔の運河を思い出した。四十年以上も昔の運河である。
水は、今よりもっと汚かった。しかし、幅はもっと広く、何よりも、活気があって、運河が生きていた。荷物を運ぶ艀が並び、そこで、働く人たちの喚声が、こだましていた。
(3)男の怒りと悲しみ。
木村は、立ち止って、十津川を見た。街灯の明りの中で、彼の顔が、ゆがんでいる。その評定は、怒っているようでもあり、悲しんでいるようにも見えた。
(4)小さな町に住むメリット、デメリット。
「小樽に生れ育ち、これからも、小樽で生きていくんだろう。小樽の町は、東京に比べれば、はるかに小さくて狭い。住んでいる人たちは、当然、肌が触れ合う感じで、親しくなる。しかし、逆に、どんな小さな噂だって、すぐ、広まってしまう筈だ。住みやすいが、同時に、住みにくいと、私は思うね」
感想
「哀愁の景色」といわれると、北の大地を思い浮かべる人が多いと思う。とくに東京に住む人間はそうだ。北の大地とは、北海道かもしれないし、東北かもしれない。人によって、具体的な場所は違えど、北には漠然と、哀愁が込められたイメージがある。
その理由は、雪景色が哀愁を醸し出すものなのかもしれない。或いは、哀愁は、冷たい空気の中で、育まれるものだからかもしれない。
だから、本作は、作品全体に、哀愁が、満ち溢れていた作品だった。
本作のテーマが、過去の復讐であり、舞台が、北の大地・小樽であったことが理由だろう。
今夏の事件の背景には、40年以上前の、小樽運河戦争があった。
今までの古き良き小樽運河を守ろとうする者たちと、小樽運河なんか全部埋めてしまえとする行政側が争った。結局、行政側が勝利したが、すべて埋め立てるのではなく、一部だけ残す妥協案を採決した。
故郷を守ろうとする者と、故郷を変えようとする者が争った。お互いに”正義”があるのだから、一筋縄ではいかない。殺人事件が起こっても不思議ではない。
この42年前の事件に決着をつけるために、元警視庁捜査一課の刑事で、一匹狼だった木村真太郎が立ち上がる。
42年ぶりに帰郷し、変わり果てた小樽運河を見て、覚悟を決めた木村。彼は、このときすでに、今回の事件の結末がわかっていたのかもしれない。
だから、本作のタイトルが「小樽 北の墓標」だったのだろう。
最後に、本作刊行にあたって発表された、西村京太郎先生のことばを紹介しておく。
犯罪は暗く、辛いが、同時に、いや、それ以上に、悲しいものである。その悲しさが、北の荒れた海や、吹雪などと重なって聞こえるのだ。
私は迷わずに、北の、小樽を書きたいと、思った。
書きながら、人間の恨みというのは、どのくらい持続するものなのか、時間と共に、消えていくものなのか、それとも、時間と共に、強くなっていくものなのかということを考え続けた。
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