初版発行日 1997年10月5日
発行出版社 講談社
スタイル 長編
目の前の事件をつきつめていくと、過去の事件が姿を見せる。そして、全体像を眺めたときにまったく新しい事件の姿、犯人の動機が見えてくる。本書を最後まで読んだとき、あなたは”誰が真犯人”だと思うだろうか?
あらすじ
東京で連続幼女殺人事件が発生、長野県上山田温泉で将棋の名人戦に挑戦中の宗方が捜査線上に。週刊誌記者が宗方を犯人と告発する一方で、謎の手紙を読んだ彼は大悪手を指して敗北した。しかも現地で宗方の愛人が行方不明、幼女もまた一人犠牲に。
小説の目次
- 幼女殺し
- 敗北のあと
- 左フェンダー
- 過去を辿る
- 書かれなかった伝記
- 最後の賭け
小説に登場した舞台
- 諏訪湖サービスエリア(長野県諏訪市)
- 上山田温泉(長野県千曲市)
- 生島足島神社(長野県上田市)
- 千曲川(長野県千曲市)
- 刀屋(長野県上田市)
- 千曲川にかかる万葉橋(長野県千曲市)
- 千曲市城山史跡公園(長野県千曲市)
- 宮城刑務所(宮城県仙台市若林区)
- 草津温泉(群馬県・草津町)
- 長野原警察署(群馬県・長野原町)
- 伊東(静岡県伊東市)
- 赤湯温泉(山形県南陽市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 片山明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
その他の警察関係者
- 三浦:
長野県警の刑事一課の警部。 - 若林:
群馬県警の刑事。 - 松本:
群馬県警の警部。 - 多田:
群馬県警の本部長。
事件関係者
- 清川あい:
死体で不忍池に浮かんでいるのが発見された幼女。 - 白木美代:
浅草線千足町で喫茶店を営む若夫婦の一人娘。隅田川で死んでいるのが発見される。 - 新井みどり:
浅草田原町で日本そば屋を営んでいる夫婦の次女。車に乗せられそうになったが、泣き叫び難を逃れる。 - 宗方功:
プロ棋士。36歳。独身。名人戦の挑戦者。 - 伊知地三郎:
週刊オピニオンの記者。 - ぼたん:
宗方が懇意にしている芸者。 - 小原ハルミ:
戸倉上山田温泉にある小原酒店の次女。 - 小笠原真二:
元プロ棋士。 - 小笠原かおり:
小笠原真二の妹。
その他の登場人物
- 柴田敬一郎:
プロ棋士。30歳。名人。 - 浅野:
将棋好きの老人。アマ三段。 - 加山:
市会議員。 - 井上:
上田タクシーの運転手。 - 丹羽広己:
週刊オピニオンを辞めて、週刊トピックス所属になった記者。 - 上原:
弁護士。 - 佐川:
プロ棋士。七段。 - 田中:
プロ棋士。五段。 - 林田:
中野の商店街にある喫茶店の店主。将棋好き。
印象に残った名言、名表現
■十津川警部を優秀な刑事たらしめる洞察力あふれる発言。
「別に、静岡県警の捜査に、ケチをつける気はないし、私が、捜査したとしても、これだけ証拠が揃えば、起訴するだろうね、ただ、いかにも、証拠が揃い過ぎている。こういう時には、用心する必要がある。」
総評
本作は、犯人探しと動機探しのミステリーであり、ひとつの事件の下にもう一つの事件がある複合性がある。そして、読後に「この事件の”真犯人”はいったい誰だったのか?」と読者自身が自問自答せざるを得ない、重厚なミステリーになっている。
ミステリー作品としては、もちろん絶賛なのであるが、ここでは、西村京太郎先生の情景描写の旨さについて紹介する。
まずは、春の千曲川ののどかな風景について。
上田市内でソバを食べた十津川と亀井は、腹ごなしに千曲川の土手を歩く。そのときの、千曲川の様子を次のように描いている。
「午後の日差しが、千曲川の川面に注いでいる。
眠くなるような気候だった。水が少ないので川のところどころに、中洲が出来て、川は、二条となったり、また合わさったりして、流れている。
「ああ、カモがいますよ」と、亀井が、いった。
流れが、澱んだあたりに、二、三羽のカモが、見えた。
この表現が実にうまい。
春うららかな千曲川、川中にいるカモ。明るく朗らかで、のどかな様子が伝わってくるのだ。
次に、十津川警部と亀井刑事が草津温泉にいったときの描写。
「千曲川周辺は、陽が落ちると寒かった。この草津も、寒い。ただ、旅館の前の湯畑から温泉の湯気が立ち昇っていて、それが、温く感じられる。
五十メートルプールのような大きな湯畑の周囲には、コンクリートの柵が設けられていて、丹前姿の観光客が、数人、その柵にもたれて、湯畑を眺めていた。」
こちらも実に秀逸だ。自分が草津温泉の湯畑の前に立っているような気がしてくる。
千曲川ののどかさや、温泉街としての草津温泉をたくみな描写で描く一方、長野新幹線開通によって、開けていく上田駅周辺については、こんな風に表現している。
「上田市の中心地区は、古い建物が多く、さして、変化は見せていないが、十月一日に開業する北陸(長野)新幹線の上田駅周辺は、大きく、変わりかけている。
それは、十津川の眼には、楽しい変化には、見えなかった。
今までの信越本線の線路を、押しつぶす感じで、北陸新幹線の高架が、一直線に延びている。北陸新幹線が走るようになると、在来線は、第三セクターになってしまうだろうと、いわれている。」
長野新幹線が開業された1997年。新幹線開業で長野県が大いに注目されていた。その一角である上田駅も盛り上がっていた。新幹線の開業に伴い、さまざまな店舗ができて開けていくのであるが、十津川警部は上田駅の変化を良しとしていなかったようである。
この後、巨大なパチンコ店、自動車販売店、激安スーパーがならぶ景色を「どこも、同じような景色になってしまう」と酷評している。
ミステリーとしての面白さだけでなく、自然や観光スポットの風情を楽しみ、変わりゆく町並みについて思いを巡らすことができるのも、十津川警部シリーズの魅力である。
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