初版発行日 2003年6月25日
発行出版社 中央公論新社
スタイル 長編
私の評価
のどかな温泉街に渦巻く色と欲にまみれた黒い野望。
あらすじ
熱海と湯河原でクラブを経営していた美人ママを絞殺し、六年の刑期を終えて出所した小早川が熱海に帰ってきた。小早川の出現により、平穏な温泉町に得体の知れない緊張が走る。そして二週間後、湯河原に住む公認会計士が、熱海のホテルで何者かに射殺された。そうした中、十津川警部が、一ヶ月前に東京の成城で起きた幼女誘拐事件の容疑者として小早川に接近するが、あらたな殺人が!?
小説の目次
- 帰ってきた男
- 死んだ女の詩
- 本庁の刑事
- 不安な店開き
- 盗品
- 襲撃
- 記事
- 失踪
- 初島
- 冷たい微笑
- 射殺
- 犯人を追う
- 皆殺し
- 決闘
冒頭の文
午後六時過ぎのこだまで、一人の男が、熱海に降りた。小さなバッグを一つ持っている。
小説に登場した舞台
- 熱海駅(静岡県熱海市)
- 熱海サンビーチ(静岡県熱海市)
- サンライズ熱海(静岡県熱海市)
- 奥湯河原(神奈川県・湯河原町)
- 来宮駅(静岡県熱海市)
- 箱根峠(神奈川県・箱根町)
- 湯河原パークウェイ(神奈川県・湯河原町)
- 湯河原駅(神奈川県・湯河原町)
- 初島(静岡県熱海市)
- 吉浜海岸(神奈川県・湯河原町)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 片山明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。
警察関係者
- 土屋:
静岡県警の警部。 - 吉田:
静岡県警の刑事。 - 若宮:
55歳。湯河原派出所の警部補。 - 泉:
湯河原派出所の巡査。
事件関係者
- 小早川恵太:
熊本生まれ、熱海育ち。仁科あい殺害の罪で、六年の刑期を終えて出所した。 - 仁科あい:
35歳。熱海と湯河原にあるクラブ「あい」のママ。6年前、殺害された。 - 長友進:
29歳。チンピラ。小早川恵太の子分。 - 立花亜矢:
近代ウイークリーの記者。以前、小早川が住んでいたマンションの部屋に住んでいる。 - 岡崎政明:
サンライズ熱海のオーナー。 - 雪乃:
小早川が贔屓にしていた湯河原の芸者。本名は渡辺みゆき。6年前に自殺した。 - 高橋君子:
奥湯河原にある「青山荘」の女将。 - 本田英一郎:
熱海市の市会議員。観光協会の役員。 - 沢口康隆:
熱海市内に事務所をかまえる弁護士。 - 塚本ゆかり:
37歳。横浜に本店のある消費者金融の会長の愛人。 - 古木正道:
48歳。会計士。湯河原に在住。何者かに射殺された。 - 金次正之:
67歳。外食産業「かねつぐ」のオーナー。世田谷区成城に在住の資産家。 - 相川エミ:
28歳。医師。金次正之の愛人。 - 金次まさ美:
5歳。金次正之の孫。何者かに誘拐されたが身代金2千万円を払い解放された。 - 佐伯涼:
経営コンサルタント。 - 松浦明:
K組の幹部。初島で水死体となって発見された。 - 二上専太郎:
湯河原にある不動産屋「二上土地」の社長。 - 赤木豊:
湯河原にあるスーパー「アカギ」の社長。湯河原町議会の議員。
その他の登場人物
- 柿沼:
サンライズ熱海のコック長。 - 小雪:
湯河原の芸者。 - 本田伸子:
本田英一郎の妻。 - 山川:
近代ウイークリーのカメラマン。 - 古木恵子:
古木正道の妻。 - 春山:
湯河原にある不動産会社「春山土地」の社長。 - 川原:
37歳。湯河原にある質屋「七楽」の主人。 - 平山:
最近、熱海に進出してきた消費者金融の支店長。 - 北:
湯河原の観光協会の理事。 - 三浦:
巣鴨を根城にしている暴走族あがりのグループの一員。 - 工藤:
双葉興業の社員。 - 小林啓吾:
TSKの社員。湯河原のスーパー「アカギ」の店長になった男。 - 庄司好:
53歳。「かねつぐ」の経理社員。
印象に残った名言、名表現
(1)苦境の熱海。
熱海は、変ろうとしている。いや、変らざるを得なくなっている。
(2)比喩。
「君は、石を投げているんだよ。熱海と湯河原という二つの池に、次々に、石を投げ込んで、その反応を楽しんでいるんだよ。池には、魚や蛙が棲んでいる。びっくりして、はねあがるのを見て楽しんでいるんだ」
(3)刑事としての経験則。
「人間は自分に都合のいい嘘を真実だという」
(4)地方都市の姿。
湯河原のような地方都市は、町の有力経済人が、そのまま、町の政治も牛耳っているのだ。
(5)熱海サンビーチ、初冬の風景。
沖に、初島が、シルエットになって見える。明りは、ホテルのものだろう。遊歩道のまわりには、熱海市が、若者向きにと考えて、造ったものが、いろいろと、並んでいる。
噴水があり、ソテツが並び、貫一お宮の像が、ある。初冬にしては、暖かい夜だった。
感想
重厚な人間ドラマとサスペンス。西村京太郎先生が2000年代に発表した傑作の一つと言っていいだろう。
本作の本筋はこうだ。
6年前、湯河原と熱海のクラブのママを殺害した罪で服役した小早川が、6年の刑期を経て出所した。だが、6年前の事件の真犯人は別にいて、小早川がその真犯人を見つけ出すというのが、本作の本筋である。
小早川は、熱海と湯河原にやってきて、とにかくド派手にやらかす。
小早川の投げた石が、池に波紋を広げていった。その波紋が、熱海と、湯河原で、いつくかの事件を起こした。
もちろん、真犯人をあぶり出すためである。
真犯人は誰か?疑わしい人物はたくさんいる。いや、沢山いすぎるのだ。
向うにいる敵が、あわてていることは、わかるのだが、六年前の殺人事件の真犯人の姿は、なかなか、見えて来ないのだ。
小早川が投げた石によって起きた波紋で、次々に殺人事件が起こっていく。今回の殺人事件を起こしている人物は、6年前の真犯人に間違いない。そう確信して、小早川は、行動を起こす。
もちろん、十津川警部と亀井刑事も、指をくわえて見ているだけではない。静岡県警は、小早川犯人説をとり、小早川の尻尾を掴もうと奮闘するが、十津川は別の視点で捜査を進めていく。
小早川、真犯人、地元の警察、熱海・湯河原の有力者たち、そして、十津川警部。この5者の中で、さまざまな思惑と動きが交錯していく。この緊張感がたまらない。
小早川の味方もできる。これが、より人間ドラマを盛り上げる。
そして、最後の結末を目にしたとき、心地よい安心感と達成感につつまれたのだ。
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