初版発行日 2004年2月15日
発行出版社 文藝春秋
スタイル 長編
「陰陽」のことばに隠された怒りのメッセージ!!犯人は悪なのか?正義なのか?犯罪と法律とモラルの意味を問う、歴史学習型長編ミステリー!
あらすじ
京都の旅館で中年女性が殺され、その知人が東京で殺された。双方の現場に残されていた「陰陽」の墨文字。連続殺人の狙いは何か?容疑者には、鉄壁にアリバイがある。そして、容疑者が参加した鎌倉・鶴岡八幡宮の流鏑馬神事で、「陰陽」のかけ声とともに起る驚くべき事件。
小説の目次
- 陰陽の世界
- 三人目の男
- 残酷なゲーム
- 異変
- 一つの賭け
- 射殺
- 二つの遺書
冒頭の文
その事件は、ゴールデンウィークの直前、四月二十七日の夜に起きた。京都の鴨川べりにある和風旅館Kの離れの一室で、殺人事件が発生したのだ。
小説に登場した舞台
- 藤森神社(京都府京都市伏見区)
- 北鎌倉駅(神奈川県鎌倉市)
- 円覚寺(神奈川県鎌倉市)
- 円応寺(神奈川県鎌倉市)
- 閻魔堂(神奈川県鎌倉市)
- 鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)
- 若宮大路(神奈川県鎌倉市)
- 浄光明寺(神奈川県鎌倉市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 片山明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 中川:
京都府警の警部。 - 吉田:
京都府警の刑事。 - 小野寺:
京都府警の刑事部長。 - 坂下:
神奈川県警の警部。
事件関係者
- 坂井京子:
42歳。銀座のクラブ「京子」のオーナー。東京都世田谷区在住の資産家。賭け事が趣味。京都のK旅館の一室で殺される。 - 石川一也:
50歳。経営コンサルタント。坂井京子の賭け仲間。渋谷区松濤の自宅マンションで殺されていた。 - 笠原卓:
46歳。風俗店を営む。坂井京子の賭け仲間。 - 南条直道:
40歳。北千住にあるリサイクルショップの社長。坂井京子の賭け仲間。 - 南条美知子:
南条直道の妻。 - 永谷礼一郎:
62歳。時代劇の俳優。永谷プロという芸能プロダクションを経営していた。去年の暮れにアメリカの飛行機事故で亡くなる。 - 永谷敬:
永谷礼一郎の息子。 - 藤田慶一:
等々力に住む資産家。以前、坂井京子ら4人組と賭け麻雀をして6千万円奪い取られた。 - 白石文子:
亡くなった精密機械工場社長の娘。父が坂井京子ら4人組に賭けで負けて会社と土地を奪われた。 - 三木綾子:
58歳。銀座のクラブ「あや」の元ママ。現在は福井で小料理屋を営む。坂井京子ら4人組に賭けで負け、自分のお店を手放した。 - 小川新吉:
60歳。新宿の老舗和菓子屋「清月」の元店主。坂井京子ら4人組に賭けで負け、和菓子屋が倒産した。 - 小川辰子:
57歳。小川新吉の妻。
その他の登場人物
- 木下あかね:
坂井京子の秘書。 - 藤本明:
建築士。坂井京子の甥。 - 広田信男:
広田設計事務所の社長。藤本明の友人。 - 青木:
神奈川テレビ局の編集局長。 - 青木:
永谷プロの元芸能マネージャー。 - 関根:
日本古式馬術連盟の師範。 - 小田雅則:
永谷敬の大学時代の同級生。法律事務所で働いている。
印象に残った名言、名表現
(1)坂井京子の人生学。
「社長は”人生は賭けだ”というのがモットーで、すべてを賭けにしてしまうんです」
「大金を賭けるのは、若返りになるといっていました」
(2)葵祭りは京都祭りの中でも別格。
正確に京都本来の祭りといえば、葵祭りと祇園祭りの二つということになる。
中でも、葵祭りは、平安の雅やかな風俗が、そのまま再現されているので、京都では祭りの中の祭りといわれている。
(3)十王思想のわかりやすい説明。
住職の説明によると、十王思想というのは、鎌倉時代に、最も流行した思想で、人間の罪悪は死んだ後、この十人の王によって、裁かれるのだという。それで、どの仏も、厳しい表情をしている理由がわかった。
つまり、人間が死んだ後、極楽に行くか、地獄に行くかを裁くのが、この十王なのだというのだ。人間が、極楽か、地獄のどちらに行くかを決めるのは、閻魔大王を、筆頭とする十王で、裁きは、七日ごとに、七回行われるので、四十九日目には、極楽か地獄かが、決まるという。
最初の七日目は、三途の川を渡り、そこで秦広王の裁きを受ける。次の七日目、十四日目には、初江王のもとで裁かれる。次に、宋帝王のもとで裁かれて、最後に、閻魔大王に、引導を渡されるということに、なっていたらしい。
(4)鶴岡八幡宮の池の面に咲く、蓮の花。
八月の今、池の面は、蓮の葉で、覆い尽くされていて、その中から、蓮の花が、一つ二つと、美しく咲いていた。
感想
本作は、十津川警部の”祭りシリーズ”第4段の作品である。
当たり前だが、人殺しは犯罪である。なぜなら、法律で定められているからだ。
基本的に、法律は私情を挟まない。もちろん、情状酌量という余地もあるが、殺人は殺人であり、犯罪である。殺人=犯罪に異論を挟む余地はない。だから、法律的には殺人者は、裁かれ罰するべき対象になる。
しかし、心情的にみると、必ずしも、そうはならない。殺された被害者こそ憎むべき対象であり、法律的な犯罪者こそ正義だと思える場合があるのだ。
本作に登場する犯人、被害者の関係がまさにそれだ。では、今回の犯人と被害者はどんな人物で、どんな関係があったのか?なぜ、被害者こそ憎むべき対象なのか?
その答えをここで明かすことは出来ないが、本書にはその答えがある。本書を読み終わったとき、わたしが言わんとしていたことが、理解できるだろう。
最後に、本書では、一般の人、特に若者にはあまり馴染みのない、流鏑馬、十王思想の歴史や風習がわかりやすく書かれている。こうした日本の歴史や伝統文化を、ミステリーというストーリーを通して、学ぶことができる、貴重な書でもあることも、付け加えておく。
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