初版発行日 2004年10月5日
発行出版社 講談社
スタイル 長編
JR中央線に潜んでいた悪夢のスパイラル。男は復讐の果て、笑う。蟻地獄に陥ったサラリーマンの出した答えは!?
あらすじ
東京を横断する大動脈、中央線。八王子から東京駅近くの職場まで通勤快速で通う、41歳のサラリーマン・本間英祐は、そこで中村という25歳の男と知り合う。9月のある日、終電に乗り合わせた二人だったが、その夜、中村が刺し殺される。犯人の顔を知る本間に襲いかかる悲劇の連鎖。果たして、十津川の推理は!?
小説の目次
- ベッドタウン
- 恐怖
- 殺した
- 新たな悪夢の始まり
- 秘密の作業
- 影を追う
- 実戦
- 死に行く道
冒頭の文
四十一歳の本間英祐は、初めて、自分の家を持った。それまで、妻の夏子と、中野のマンション暮らしだったが、去年、八王子に、小さいながら、新築の家を持った。
小説に登場した舞台
- 東京駅(東京都千代田区)
- 六本木ヒルズ(東京都港区)
- 八王子駅(東京都八王子市)
- 新宿(東京都新宿区)
- 天童温泉(山形県天童市)
- 三鷹(東京都三鷹市)
- 諏訪湖(長野県諏訪市)
- 浅間温泉(長野県松本市)
- 東山温泉(福島県会津若松市)
- 成田空港(千葉県成田市)
- 海老名サービスエリア(神奈川県海老名市)
- 浜名湖(静岡県浜松市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 本間英祐:
41歳。八重洲にあるM住研営業三課の課長補佐。八王子に新築の家を買った。 - 本間夏子:
34歳。本間英祐の妻。妊娠4ヶ月。 - 中村健治:
25歳。四谷の賃貸保証会社の社員。八王子在住。本間英祐の友人。浅川の草むらで死体で発見される。 - 松田裕子:
中村健治の恋人。練馬区上石神井に在住。フリーター。秋川渓谷にある大戸里神社で死体で発見された。 - 橋爪恭介:
30歳。フリーター。八王子市在住。 - 小田切進:
フリーター。橋爪恭介の仲間。八王子市在住。 - 小城大助:
30歳。フリーター。橋爪恭介の仲間。八王子市在住。 - 白石:
小城大助の子分。
その他の登場人物
- 辻:
M住研の人事部長。 - 片岡:
M住研の営業部長。本間英祐の上司。 - 新宅:
M住研営業八課の課長。 - 中島:
長野県警の警部。 - 山崎:
医師。 - 田口:
中央新聞社会部の記者。十津川警部の大学時代の同級生。
印象に残った名言、名表現
■刑事だからこそ知る、人間心理。
「人間が急変するには、それなりの理由が、必要だ。窮鼠、猫を噛むのだって、ネズミは、追い詰められなければ、猫には向かって行かない。」
感想
サラリーマンには、哀愁がただよっている。とくに、既婚者の中間管理職はそうだろう。
仕事では上司と部下の狭間にたち、家庭では、妻に頭があがらない。都心郊外に新築戸建の一軒家を建て、住宅ローンが重くのしかかる。どこにも逃げ場がない。
そんなサラリーマンが、駅前の”チョイ飲み居酒屋”で一杯ひっかける。その後ろ姿には、哀愁とも呼べる、何とも言えない悲壮感が漂っている。
本作の”主人公”、本間は、典型的な日本のサラリーマンだ。度胸はないが、真面目でやさしい。
作中では、本間という男の”繰り返しの日常”が何度も描かれる。毎朝、同じ時間の電車に乗り、一生懸命、仕事をして、家に帰る。この繰り返し、である。
ここまで精密にサラリーマンの姿を描けるのは、西村京太郎先生が、かつてサラリーマンをしていたからである。実際、先生は本作刊行にあたり、次のような談話を発表している。
私は十一年間、サラリーマン生活を送った。通勤ルートは、京王線仙川→新宿、中央線新宿→有楽町で、このルートを、十一年間、繰り返した。楽しいこともあったが、車内でチンピラにからまれたこともあるし、スリにあったこともある。年寄りが、酔っ払いにからまれ、殴られているのに、怖くて、見て見ぬふりをしたこともある。この時は一日中、自己嫌悪に苦しんだ。サラリーマンなら、たいていの人が、こんな経験をしているのではないだろうか。
どこまでも小心で、小賢しいほど保身的な本間が、事件に巻き込まれてしまう。そして、蟻地獄に落とされていくのだ。
平凡で臆病で真面目一徹。まるで、犯罪には縁遠いこの男が、いかにして、大胆かつ冷酷な殺人鬼に変貌していくのか?その過程が実に克明に描かれている。
本作は、発端、過程、結末もふくめ、十津川警部シリーズの王道パターンにはまらない、珍しい事件でもある。
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