初版発行日 2002年5月25日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
罪を犯した若者たちを、闇の組織が追う!旅情、スピード感、アクション、名推理、涙……。すべてのレベルが高い、傑作トラベルミステリー!
あらすじ
N金融江戸川支店強盗事件、幼児誘拐事件、そして、社長愛人宅に押し入った男女二人組ー。一人二百万円と、強奪金額を決めたストイックな事件が連続した。捜査を始めた十津川は、若い男女七人のグループ「ロマンの残党」の存在をつかむ。社会から落ちこぼれた彼らは、自らの人生の再生をはかるために、東京を脱出し、大正ロマンの香りただよう銀山温泉に、新しい生活の拠点を作ろうとしていた。そんなさなかに、N金融事件の実行犯・長谷川秀の死体が荒川沿いの空き地で発見された。闇の組織も、彼らを追っているのだ。しかし、なぜ?事件は、捜査陣の予想を超えて、大きく動き始めた!
小説の目次
- 逃亡の詩
- 大正ロマン
- 若い死
- 三人目の犠牲者
- 臨戦一課
- 苦闘
- 花の墓標
冒頭の文
十一月一日の昼ごろ、京成電鉄江戸川駅前の雑居ビルの五階にあるN金融の支店に、目出し帽をかぶった若い男が押し入った。
小説に登場した舞台
- 銀山温泉(山形県尾花沢市)
- 大石田駅(山形県・大石田町)
- 新宿中央公園(東京都新宿区)
- 浜松(静岡県浜松市)
- 舘山寺温泉(静岡県浜松市)
- 浜名湖(静岡県浜松市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 片山明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
ロマンの残党
- 佐々木要:
「ロマンの残党」のリーダー。30歳。 - 木下健:
「ロマンの残党」のメンバー。元ホームレス。都内の料亭で働いていた。 - 原田由美:
「ロマンの残党」のメンバー。元暴走族。 - 小川弘子:
「ロマンの残党」のメンバー。 - 浅井いずみ:
「ロマンの残党」のメンバー。 - 堀宏一:
「ロマンの残党」のメンバー。元ホームレス。孤児。 - 長谷川秀:
「ロマンの残党」のメンバー。元ホームレス。税理士事務所で働いていた。
事件関係者
- 秋田:
新宿中央公園のホームレス。 - 松木達夫:
N金融江戸川支店の新しい支店長。 - 加藤:
N金融江戸川支店の元支店長。 - 関口彰:
N金融の社長。 - 高野亮:
41歳。私立探偵。 - 柳沼宏次:
K組の組員。 - 田沼:
N金融江戸川支店の社員。 - 神林俊男:
代議士。 - 高柳:
代議士。 - 秋野:
N金融本社の渉外係。 - 水谷誠一郎:
K組幹部。
その他の登場人物
- 中田めぐみ:
4歳。誘拐される。 - 中田浩子:
中田めぐみの母親。 - 長沢:
長沢食品の社長。長者番付の3位。 - 一色ゆき:
22歳。長沢の女。 - 井上:
西武新宿駅の助役。 - 田原敬:
M産業の第一営業課長。 - 田原伸子:
田原敬の妻。 - 寺本文子:
銀山温泉「静水館」の元オーナー。71歳。 - 小坂井:
中央新聞社会部のデスク。 - 赤木:
新宿中央公園脇の派出所の巡査長。
印象に残った名言、名表現
(1)銀山温泉の特異性。
山形県内の温泉は、それぞれに、特色を持っている。
蔵王温泉はスキーと樹氷で有名だし、天童温泉は将棋の駒でよく知られている。赤湯と東根の二つの温泉は、花とフルーツで有名である。
こうした温泉群の中で、銀山温泉は少し変わっている。
ここの売り物は、景色でも将棋の駒でもない。銀山温泉は、十軒あまりの旅館そのものが売り物なのだ。
もともと幕府直営の銀山があった場所で、銀山川の両岸に並ぶ旅館は、大正時代の建築様式をそのままに残している。木造の三階建、四階建ての建物である。
八十年前の大正ロマンの世界がそのまま、現在に生きているのだ。
(1)自分の境遇に不満をつのらせた人間は、社会を憎むか、自分を憎む。
おれたちに、そんなマネをさせたのは、社会が悪いのだという気持がある。
(2)北条早苗刑事の発言。2002年当時から、移住が流行っていたことがわかる。
「社会から逃げて、田舎暮らしというのは、最近の都会人の夢ですから」
(3)十津川警部の十八番。
今日は、相手に圧力をかけに行ったのである。
(何もかもわかっているんだぞ)
と、言外に匂わせ、相手がどう動くか、見たかったのだ。
(4)駅弁にはロマンがある。
「十津川は、旅行が好きだが、旅館での食事より、駅弁が楽しいと思う。たぶん、二十代のころの貧乏旅行を思い出させてくれるからだろう。
総評
本作は、2002年当時の社会的背景が色濃く反映されている。
第一に、N金融の存在である。当時は、消費者金融の”グレーゾーン金利”が横行していた時代。利息制限法の上限は超えるが、出資法の上限29.2%で設定された高金利により、破産する者が激増。さらに、強引な督促で自殺者が急増し、社会問題になっていた。(このグレーゾーン金利は2010年の法改正で撤廃されている)
第二に、長引く構造不況により、貧富の差が急激に拡大していった。この頃から、「負け組、勝ち組」という言葉が盛んに使われるようになった。夢を追って東京に来たものの、何らかの理由で脱落。東京に絶望し、田舎に移住する若者たちが増えていったのだ。
実際、『ロマンの残党』の早川由美の発言にもこうある。
「私たちは全員、落ちこぼれなんです。極端ないい方をすると、今の世の中に絶望しているんです。でも、生きていかなければなりません。
また、リーダーの佐々木要もこう言っている。
「おれたちに、そんなマネをさせたのは、社会が悪いのだという気持がある。」
「ボクたちは、この銀山温泉に、小さい自分たちの王国を作ろうということで、一致したわけだよ。」
本作では、夢やぶれてしまった若者たちの縮図とも呼べるグループが、「ロマンの残党」を結成する。
彼らは、自分たちの夢を取り戻すために、”小悪党”になるわけだが、十津川は、そんな若者たちの行動を、批判的に見ているわけではない。
「私は、七人の行動には、何か建設的な感じがするんだ」
また、仲間の仇討ちのために立ち上がった彼らに対し、現代の若者には見られなくなった気骨のようなモノも、十津川は感じていた。
その気持ちが、次の発言に現れている。
「仇討ちか」十津川が呟いた。
古風だが、なぜか新鮮なひびきを、十津川は感じていた。
「いまの若者は無気力」などと、揶揄されていた当時の時代背景がある。
だが、「ロマンの残党」の言動をみた十津川は、「今の若者も捨てたものじゃないな」と見直したのだろう。
「正直にいうと、私は、ロマンの残党の若者たちに、好意を感じているんだよ。」
確かに、彼らは小悪党だが、現状を変えようと自ら行動した。その心意気を買っているのである。
そんな若者たちを守りたい。本当に憎むべき大悪党こそ、断罪されるべきだ。十津川は、心からそう願っていたに違いない。
しかし……
十津川の顔は、怒りと悲しさで、ゆがんでいた。
この物語に救いはあるのか?救いようのない悲しみに包まれてしまうのか?本書を手にとって、その目で確かめてもらいたい。
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