初版発行日 2009年9月25日
発行出版社 文藝春秋
スタイル 長編
私の評価
直江兼続、十津川警部を走らす!武田信玄と上杉謙信、戦国武将を信奉する経営者の寵臣が次々に殺された。死体を直江兼続の鎧に隠した犯人の意図は何か?十津川警部が挑む、歴史の謎。
あらすじ
鎬を削るライバル企業の越後実業と甲州商事。上杉謙信と武田信玄を信奉し、「越後の龍」「甲州の虎」と呼ばれている両社の社長は、互いに後継者問題を抱えていた。そんな折、両社のキーマンの怪死事件が起きる。なんと一人は直江兼続の鎧の中で殺されていた。互いにライバル会社による凶行だと訴えるが……。十津川警部は事件解決の鍵を探るべく戦国時代の歴史を紐解き、そこに思わぬ因縁を見つける。
小説の目次
- ライバル
- 家臣団
- 高坂昌信戦死
- 直江兼続戦死
- 後継者
- 巨大な敵
- 乱世を楽しむ
冒頭の文
私立探偵の橋本豊は、「越後実業」の社長で、大学の先輩にあたる、小山田伸之に、電話で呼ばれて、次の日曜日、六本木のビルの中にある、本社を訪ねていった。
小説に登場した舞台
なし。
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
越後実業
- 小山田伸之:
60歳。越後実業の社長。橋本豊の大学の先輩。上杉謙信を信奉している。新潟県出身。 - 小山田雅之:
30歳。小山田伸之の息子。越後実業の営業部長。 - 小山田雅男:
33歳。小山田伸之の息子。愛人との間に生まれた。群馬県高崎市にある越後実業の小会社の社長。 - 寺内:
越後実業の管理課長。 - 後藤伸幸:
30歳。越後実業の広報課長。自由が丘にある上杉謙信記念館で死体となって発見された。 - 一色健:
越後実業の社員。上杉謙信記念館の館長。 - 新井:
越後実業の人事課長。 - 八代康介:
越後実業の広報課長。死亡した後藤伸幸の跡を継いだ。 - 田中雄一郎:
越後実業の重役。小山田家の親戚。
甲州商事
- 関口徳久:
60歳。甲州商事の社長。武田信玄を信奉している。山梨県出身。 - 関口久幸:
30歳。関口徳久の息子。愛人との間に生まれた。甲州商事の企画室長。 - 関口徳明:
29歳。関口徳久の息子。正妻との間に生まれた。甲州商事の広報課長。 - 関口圭子:
当時33歳。関口徳久の妻だったが、29年前に病死した。 - 佐伯:
35歳。甲州商事の営業課長。 - 三村正樹:
30歳。甲州商事の秘書課長。青山二丁目のマンションに在住。自宅で青酸中毒死した。 - 新田美由紀:
26歳。甲州商事広報課の社員。三村正樹の恋人。成城学園のマンションに在住。 - 杉山春香:
甲州商事広報課の社員。 - 黒柳:
甲州商事の人事課長。 - 清川隆志:
甲州商事計画部の次長。 - 北原要:
甲州商事の重役。 - 北原めぐみ:
30歳。北原要の娘。 - 阿部健太郎:
甲州商事資材部の部長。
近江通商
- 滝川:
55歳。近江通商の社長。 - 新井弘志:
滝川の個人秘書。 - 松本亮:
65歳。総会屋。 - 砂川吾郎:
松本亮の部下。
その他の登場人物
- 橋本豊:
私立探偵。元警視庁捜査一課の刑事で、十津川警部の元部下。 - 大下:
経営雑誌の記者。十津川警部の大学時代の同級生。 - 井口公生:
国土交通大臣。
印象に残った名言、名表現
(1)戦国時代の武将。
「戦国時代の武将は誰でも、死というものが、いつも、自分の身近にあると感じていた。だから、勇猛な武将であればあるほど、死んだ時も美しくありたいと思って、当時の武将たちは、戦場でも薄化粧をしていたと聞いたことがある」
(2)上杉家の国替えの諸説。
秀吉は、突然、景勝に、会津への国替えを命じた。越後九十万石から、会津百二十万石への国替えだから、一見、加増に見えるが、実質は、減封だった。越後は、北前船による交易で、実質二百万石といわれていたからである。
秀吉が、なぜ、突然、上杉に国替えを命じたのかについては、さまざまな憶測が、いわれている。巨大になった徳川、伊達への牽制だという説もあり、佐渡金山を、越後上杉から奪うためだったとう説もある。
感想
本作は、武田信玄と上杉謙信の争いをテーマにした作品であった。両者の対決といえば、「川中島の戦い」であるが、この戦いを現代に復活させて、両社が争うという趣向もこらしていた。
武田信玄の生まれ変わりを自称する甲州商事の社長、上杉謙信の生まれ変わりを自称する越後実業の社長が争う企業闘争なのだが、そこだけで終わらず、実際の歴史になぞらえた構図にしているところが面白い。
両家の比較でよく引き合いに出されるのが、参謀である。
上杉家には、直江兼続という優秀な軍師がいた。彼は、上杉謙信亡き後、織田信長と戦い、豊臣秀吉と渡り合い、徳川家康と対峙し、会津や米沢に移った後も国作りに励み、亡くなるまで上杉家に尽くした忠臣がいた。直江兼続がいたからこそ、上杉家が滅ぶことなく存続したと言われている。
一方、武田家には、山本勘助という優秀な軍師や武田四天王などの有能な家臣が多数いたが、武田信玄亡き後の勝頼の時代には、優秀な軍師がいなかった。もっと言えば、勝頼が外様の真田昌幸の進言に従っていれば、武田家滅亡を避けられたのではないか?という説もある。
こうした歴史の機微も、この作品に取り入れており、大変興味深い。さらに、後継者問題や織田信長になぞらえた近江通商という黒幕も登場するのだ。
この作品は、武田家と上杉家の攻防と、その後の織田信長の登場による武田家と上杉家の存亡の歴史をそのままなぞらえているのである。ここら辺の歴史が好きな方には、十分楽しめる作品だと思う。
ちなみに、ミステリーの方は、歴史がメインのため、少々、荒い出来だと思うが、しっかりとどんでん返しがある。
十津川警部シリーズは、2000年代以降、歴史をテーマにした作品が多数刊行されている。戦国時代をテーマにした作品は、本作の他にも、武田信玄、浅井長政、織田信長の争いを題材にした「わが屍に旗を立てよ」、真田幸村を中心に真田家を題材にした「幻想の信州上田」、羽柴秀吉と柴田勝家の争いを題材にした「湖北の幻想」などがある。
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