初版発行日 1994年4月25日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
能登の海岸で北条早苗刑事が射撃される。さらに、国立市で清水刑事がバス爆撃に遭遇し死亡。警察を狙った激しい銃撃戦と爆撃。みなぎる緊張とサスペンスの傑作。
あらすじ
能登旅行中の警視庁の北条早苗刑事が、ライフル銃で射撃された。さらに早苗が泊まった家の娘・田村真理子が、片山津温泉で溺死。警察への恨みか、人違いかー。一方、東京・国立市でバス爆破事件が発生、早苗の同僚四人が死亡した。絞り切れぬ犯人の動機。いらだつ十津川警部のもとへ、早苗暗殺を予告する挑戦的電話がかかった。
小説の目次
- 能登初冬の海
- 東京
- 見えない敵
- 再び北陸
- 動機の解明
- ENDマーク
冒頭の文
晴れたかと思うと、突然、上空が重い雨雲に蔽われ、やがて風も強くなって、激しい水しぶきが、北条早苗の乗るタクシーを包み込んだ。
小説に登場した舞台
- 輪島(石川県輪島市)
- 鳴き砂の浜(石川県輪島市)
- 関野鼻(石川県・志賀町)
- 福浦漁港(石川県・志賀町)
- 志賀町(石川県・志賀町)
- 片山津温泉(石川県加賀市)
- 柴山潟(石川県加賀市)
- 仙台拘置支所(宮城県仙台市若林区)
- 成田空港(千葉県成田市)
- 岡山桃太郎空港(岡山県岡山市北区)
- 瀬戸大橋(香川県坂出市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 井出:
石川県警の刑事。 - 平井:
石川県警の刑事。 - 三浦:
石川県警の警部。 - 青木:
石川県警の警部。 - 佐伯:
国立署の刑事。 - 藤田:
香川県警の警部。 - 竹下:
岡山県警の警部。
事件関係者
- 田村庄吉:
志賀町の福浦漁港にある民宿の主人。 - 田村良子:
志賀町の福浦漁港にある民宿の女将。 - 田村真理子:
26歳。田村夫妻の娘。東京にあるR食品の総務で働いている。柴山潟の海岸で死体で発見される。 - 清水刑事:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。国立市のバス爆破事件で死亡。 - 沢田治:
26歳。S食品工業の営業課に勤務。国立市のバス爆破事件で死亡。 - 沢田文子:
57歳。沢田治の母親。 - 川本豊:
33歳。映画監督。 - 井上浩介:
28歳。フリーのタレント。 - 田原英夫:
25歳。役者。 - 小久保ユミ:
25歳。劇団員。 - 三谷健一郎:
56歳。三谷興業の社長。能登にゴルフ場を持っている。 - 広田悠:
三谷健一郎の孫。去年の6月に、パトカーが追跡していた犯人のバイクに跳ねられた死亡。
その他の登場人物
- 早川:
爆破されたバスの運転手。 - 木下浩:
41歳。W建設仙台支店に勤務していたが、横領でクビになった。仙台拘置所に服役中。 - 立野研一郎:
42歳。映画監督。 - 秋山衛:
60歳。三鷹に住む資産家。映画マニア。 - 片桐:
「ニューシネマコンクール」の事務局員。
印象に残った名言、名表現
(1)20代女性刑事の瞑想。
犯人をいくら逮捕しても、いっこうに犯罪はなくならない。というより、犯罪は、凶悪化していく。自分は、無駄なことをしているのではないだろうか。自分には、もっと、ふさわしい仕事があるのではないか?
(2)人は悩むと、自然を欲する。
本物の厳しい自然と向かい合って、自分を見つめ直してみたい。そう思ったのだ。
(3)日本に”ありのままの自然”はない。
早苗は、本当の自然に向かい合いたいと願って、能登へ来た。が、むき出しの自然など、どこにもないのだとわかったし、もし、そんな自然があって、そこに身を置いたら、たぶん、何も考えられなくなってしまうだろう。
(4)答えのない問い。
生き甲斐とは、何だろうと思う。あくせく事件に追われているのが、果たして意味のあることなのだろうか。
(5)漁港の岸壁で魚を眺める北条早苗刑事。
漁船と漁船の間の水中に、小魚が群れて泳いでいた。何という魚かわからないが、一斉に方向転換して、右へ行ったり、左へ行ったりする。
(この魚たちの中にも、一匹か二匹、悩みを持っているのがいるのだろか?)
(6)刑事について。
恨まれていても、刑事は、めったに殺されたりはしない。それは、犯人がある刑事を殺そうと考えたとき、刑事の背後の、警察という巨大な組織の存在を、無視できないからである。
(7)十津川警部の哲学。
十津川は、人間の勘というものを信じている。その勘は、自分が危険に直面したときに、いちばん力強く働くものである。
感想
作品を覆う、緊張感が凄まじい。
その理由は、スリリングでスピーディーな展開、銃撃戦や激しい爆撃が起こるアクションが続くということもあるが、「動機のわからない殺人がたて続けに起こり、いつ誰が狙われるかわからない」からであろう。
この”よくわからない殺人”が、舞台となる能登半島の”鋭さ”と相まって、独特で異様な雰囲気と緊張感が続く。この緊張感は、最後まで続いたのだ。
また、本作では、被害者遺族の心の叫び、警察の心の迷いといった、人間の心象がよく描かれているのが特徴的である。
例えば、田村真理子が能登の海岸に死体で発見された後、彼女の母親・良子が娘の遺書を見たときに、魂の慟哭とも呼べる、激しさで、遺書の不自然さを訴える。
「こんなの、違いますよォ!」
「こんなもの、こんなもの!」
「違うんですよォ!こんなの、あの娘じゃない!」
「あの娘は、こんなことは書かない。母さん苦しい、助けてと書くはずだよォ」
十津川警部シリーズでは、被害者遺族の悲しみにフォーカスする作品は少ない。だから、この母親の悲しみに焦点を当てた本作は珍しい。(もちろん、この母親の魂の叫びが、事件解決の緒になるのだが。)
母親の激しさを目の当たりにした、石川県警の平井刑事は、自殺と断定した県警の捜査方針に、迷いが生じている。
平井は、しばらくの間、良子の消えたトンネルを、見つめていた。ひどく不安定な気分になっていた。悲しく、みじめなのは、あの母親のはずなのに、平井は、自分が取り残されてしまったような、寂しい気分になっていた。
不思議だった。最初に眼を通したときは、若い女の心の動揺や不安を、うまく書いてあると思ったのだが、今、読み返すと、空虚な言葉の羅列に思えるのだ。
本作では、一人ひとりの心の機微がよく描かれている。
ミステリーは謎、トリック、アクション、スリリングな展開だけではない。ひとりひとりの心の動きに注目しながら読むのも、実に有意義だと本作は教えてくれた。
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