初版発行日 2005年1月25日
発行出版社 集英社
スタイル 長編
日御碕、西伊豆、南紀白浜で起きた相次ぐ老夫婦の自殺。津和野で起きた殺人事件との奇妙な共通点に気づいた十津川警部は捜査を開始する。捜査線上に浮かび上がったのは、謎の組織「二つの世界の会」。
あらすじ
菅原徳介・里子夫婦は、思い出の地・津和野を訪れた。一人息子が借金を苦に東尋坊で自殺、絶望の果て老夫婦は死出の旅に出たのだ。秋芳洞を見物中、夫婦は何者かに襲われ、妻が死体で発見された!自殺をほのめかして失踪する老夫婦が増えていることに不審を覚えていた十津川警部が捜査に乗り出した。やがて、謎の組織が事件の背後に浮かび上がる……
小説の目次
- 夫婦二人組
- 四つの事件
- 心中再び
- 隠岐・知夫里島
- 現世と来世
- あの世へのパスポート
- 最後の旅
冒頭の文
特急「スーパーおき」は、日本で、いちばん短い、特急列車である。
小説に登場した舞台
- 津和野駅(島根県・津和野町)
- 津和野殿町通り(島根県・津和野町)
- つるべ(島根県・津和野町)
- 若さぎの宿(島根県・津和野町)
- Slやまぐち号
- 山口駅(山口県山口市)
- 秋吉台(山口県美祢市)
- 秋芳洞(山口県美祢市)
- 出雲市(島根県出雲市)
- 日御碕神社(島根県出雲市)
- 日御碕灯台(島根県出雲市)
- 出雲大社(島根県出雲市)
- 松崎(静岡県・松崎町)
- 白浜海岸(和歌山県・白浜町)
- 知夫里島(島根県隠岐郡知夫村)
- 知夫来居港(島根県隠岐郡知夫村)
- 隠岐知夫赤壁(島根県隠岐郡知夫村)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 青田:
出雲警察署の刑事。 - 鏑木:
松崎署の刑事。 - 野村:
板橋警察署生活安全課の刑事。 - 山本:
山口県警の警部。
事件関係者
- 菅原徳介:
73歳。息子が残した借金五百万円に苦しみ津和野に死出の旅に出る。 - 菅原里子:
70歳。菅原徳介の妻。息子が残した借金五百万円に苦しみ津和野に死出の旅に出る。 - 菅原芳明:
菅原夫妻の息子。今年の3月に東尋坊で自殺した。 - 山下文男:
70歳。上野でネジ工場を営んでいる。2か月前、借金二千万円を残し夫婦で北海道を旅行した後に失踪。 - 山下美佐子:
68歳。山下文男の妻。2か月前、借金二千万円を残し夫婦で北海道を旅行した後に失踪。 - 山下典子:
山下夫妻の娘。 - 佐々木弥太郎:
75歳。赤羽商店街で日本そばを営む。借金三千万円を残し失踪した。 - 佐々木文江:
70歳。佐々木弥太郎の妻。借金三千万円を残し失踪した。 - 神谷不二雄:
71歳。練馬区石神井でパンと洋菓子のお店を営んでいたが借金一千万円があり、自殺をほのめかす手紙を書いて失踪した。 - 神谷紀子:
68歳。神谷不二雄の妻。練馬区石神井でパンと洋菓子のお店を営んでいたが借金一千万円があり、自殺をほのめかす手紙を書いて失踪した。 - 藤本春男:
74歳。売れない画家。板橋区上板橋に住む。緑内障を患う。夫婦で失踪した。 - 藤本秀子:
71歳。藤本春男の妻。板橋区上板橋に住む。夫婦で失踪した。 - 檜垣隆一郎:
60歳。檜垣食品の社長。 - 檜垣慶子:
52歳。檜垣隆一郎の妻。 - 檜垣亜佐美:
檜垣夫妻の娘。去年、日御碕で投身自殺している。 - 田代淳:
19歳。東京都調布市に住むS大学の学生。去年の10月、西伊豆、松崎の旅館前で交通事故で死亡した。 - 木下健太郎:
田代淳の叔父。四谷三丁目の自動車ディーラーの社長。 - 石崎守:
32歳。横浜で大きな宝石店を営む。 - 石崎香織:
29歳。石崎守の妻。 - 石崎健介:
7歳。去年の6月、南紀白浜で波にさらわれて亡くなる。
二つの世界の会
- 太田垣誠:
「二つの世界の会」の代表。 - 松木秀明:
30歳。「二つの世界の会」の元従業員。 - 三枝大輔:
28歳。「二つの世界の会」の元従業員。 - 山田純:
28歳。「二つの世界の会」の元従業員。 - 越智:
「二つの世界の会」の顧問弁護士。
その他の登場人物
- 広田:
上板橋でパン屋を営む。 - 佐伯:
知夫里島の個人タクシーの運転手。
印象に残った名言、名表現
(1)十津川警部の直感は的中する。
「確かに、そうなんですが、しかし、何か、あります。何か、おかしいんです。何か、わからないことが、進行しているような気がして、仕方がないんです。」
(2)菅原徳介のことを聞いて、十津川警部が感じたこと。
人間というものは、生き甲斐が、生まれたら、死ねなくなって、しまうらしい。
感想
日本は世界に先駆けて、超高齢社会に突入したと言われいる。さらに、人口の4人に1人が後期高齢者という異常事態が発生する2025年問題も囁かれている。その頃には、実に320万人もの認知症高齢者が誕生すると言われているのだ。
高齢社会と少子化は、現在および今後の日本社会において、最も暗い影を落とす構造的な問題であると言われ続けてきたが、具体的な対策が見られないまま、時間が過ぎ去っている。
超高齢社会において、今まで考えられなかったビジネスや、物語が生まれるのも当然の流れなのであろう。
本作は、この”高齢社会”をテーマにした作品である。
冒頭は、生き続ける気力を失った菅原夫妻の死出の旅から始まる。死を覚悟した夫婦が、若い頃に訪れた津和野の町へ向かう。
夫婦は、死ぬことを、考えていた。覚悟は、できていた。死ぬ前に、若い時に、二人で旅をした、その思い出のカケラを、探して、津和野まで行き、そこで、死のうと、考えていたのである。
死ぬ前に、若い頃の美しい思い出を追体験したいと願う。
若い頃、二人は、よく旅に出た。なぜか、二人とも、山陰の景色が好きで、山陰から、山口線に乗って津和野を通り、ぐるっと廻って、東京に帰った。そんな旅が、多かった。
それで、死ぬ前に、若い時の旅を、もう一度、味わおうと思ったのである。その旅に満足したら、その時に死のうと、二人は、思っていた。
山陰の美しい海岸沿いを走る列車。その列車の中でミカンを食べながら、海を眺める老夫婦。なんとも優しくもの悲しい世界観。
二人の乗った列車は、海岸線を、ゆっくりと、西に向かって走っていく。
向かい合って、腰を下ろした二人は、鳥取で買ったミカンを、取り出して、皮をむき始めた。
列車は、倉吉、米子、安来、と、過ぎていく。
二人は、押し黙って、ひたすら、ミカンの皮をむいていた。むき終わると、それを口に運ぶ。甘酸っぱい味が、口の中に広がっていく。
「海が、きれいですねえ」と、急に、里子が、いった。
菅原も、ミカンを、手に持ったまま、窓の外に、目をやった。
「ああ、海がきれいだ」と、菅原も、いった。
この美しい世界が流れていった後、事件が起こる。それは、何とも不可解で、掴みどころのない犯罪だった。十津川警部と亀井刑事は、今回の事件を「暖簾に腕押し」と表現している。
超高齢社会だからこそ、問われる死生観。この掴みどころのない事件の中で、わたしは、いかに死に、いかに生きるべきかを考えさせられたのである。
ちなみに、同じ死生観を説いた作品に、「愛と祈りのJR身延線」がある。こちらも、ぜひ読んでほしい。
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