初版発行日 1984年9月10日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
私の評価
謎を解くカギは「想い出草」というノートに!?十津川警部の推理が冴える、文庫オリジナル・トラベルミステリー。
あらすじ
京都で若い男女の心中事件が続発した。しかも、それらのカップルには心中する理由が見当たらない。十津川警部の指令で京都に向かった亀井刑事らは、これら事件に一つの共通項があることに気づく。全員が嵯峨野の直指庵を訪れていたのである。
小説の目次
- 京都の死
- ある男女の愛
- 嵯峨野
- 直指庵
- 二人の男
- 過去からの声
- ドラマの中の女たち
- 栄光と挫折
冒頭の文
若い西本功刑事が、思いつめた顔で、上司である十津川警部に、四日間の休願を持ってきた。
小説に登場した舞台
- 京都駅(京都府京都市下京区)
- 平安神宮(京都府京都市左京区)
- 三条河原町(京都府京都市中京区)
- 下鴨神社(京都府京都市左京区)
- 銀閣寺(京都府京都市左京区)
- 哲学の道(京都府京都市左京区)
- 南禅寺(京都府京都市左京区)
- 三千院(京都府京都市左京区)
- 直指庵(京都府京都市右京区)
- 京都御所(京都府京都市上京区)
- 八坂神社(京都府京都市東山区)
- 祇園(京都府京都市東山区)
- 嵯峨野(京都府京都市右京区)
- あだし野念仏寺(京都府京都市右京区)
- 元離宮二条城(京都府京都市中京区)
- 渡月橋(京都府京都市右京区)
- 広沢池(京都府京都市右京区)
- 千歳烏山駅(東京都世田谷区)
- L特急しらさぎ号
- 福井駅(福井県福井市)
- 田園調布(東京都大田区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 桜井刑事:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。石川冴子と京都へ行き、カップルを装い、直指庵で想い出ノートを書くことに。 - 石川冴子:
警視庁捜査一課の若手刑事。桜井刑事と京都へ行き、カップルを装い、直指庵で想い出ノートを書くことに。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 矢木:
京都府警本部の刑事。 - 仁村:
愛知県警の警部。
事件関係者
- 片平正:
26歳。西本刑事の高校時代の友人。太陽商事の社員。平安神宮傍の疎水で水死体となって発見された。 - 中田君子:
22歳。片平正の婚約者。太陽商事の社員。平安神宮傍の疎水で水死体となって発見された。 - 岡島友一郎:
25歳。蒲田にあるN化学の工場主任。東京都大田区にあるアパートに在住。柏木久美子とともに京都駅前のホテルから飛び降りて死亡した。 - 柏木久美子:
20歳。M大学の三年生。岡島友一郎の恋人。洗足のマンションに友人の今井知子とルームシェアしている。岡島友一郎とともに、京都駅前のホテルから飛び降りて死亡した。 - 今井友子:
20歳。柏木久美子と同じ部屋に暮らす友人。M大学の三年生。北川邦夫とともに、京都駅前のホテルから飛び降りて死亡した。 - 北川邦夫:
23歳。今井友子の恋人。K大学の学生。四谷三丁目のマンションに在住。今井友子とともに、京都駅前のホテルから飛び降りて死亡した。 - 柳沼功一郎:
43歳。城南大学の教授。英文学専門。久我山に在住。 - 生方いさお:
作詞家。原宿のマンションに在住。
その他の登場人物
- 池田:
下鴨神社近くにある自転車店の店主。 - 木山:
岡島友一郎が勤めていたN化学の人事課長。 - 井上:
25歳。N化学の工場主任。岡島友一郎の同期。 - 君津豊:
世田谷区烏山のマンションに在住。京都の直指庵で「想い出ノート」を書いたカップル。 - 白石ふゆ子:
君津豊の恋人。京都の直指庵で「想い出ノート」を書いたカップル。 - 柳沼杏子:
柳沼功一郎の妻。 - 片桐良祐:
大岡山のアパートに在住。京都の直指庵で「想い出ノート」を書いたカップル。 - 片桐幸子:
片桐良祐の妻。京都の直指庵で「想い出ノート」を書いたカップル。 - 鬼島恭一郎:
Nレコードの制作部長。 - 花井みさえ:
ベテラン歌手。 - 田宮博:
作曲家。 - 遠藤豊:
俳優。 - 鈴木徹也:
柳沼功一郎の大学の教え子。仙台出身。 - 長谷見浩子:
柳沼功一郎の大学の教え子。福井出身。 - 近藤周一:
田園調布にある近藤書店の店主。柳沼功一郎の大学時代の同級生。
印象に残った名言、名表現
(1)下鴨神社。
高野川と賀茂川が合流する辺りが、三角州になっていて、この辺りは、糺ノ森と呼ばれている。下鴨神社は、その糺ノ森にある。
東京でいえば、武蔵野といったところだが、武蔵野の緑が少なくなったように、この糺ノ森も、緑が少なくなったといわれている。
(2)庭が美しい銀閣寺。
金閣寺の華麗さに比べると、銀閣寺は、素朴で、静かである。銀閣寺というと、銀箔でも貼ってあると思いがちだが、銀は、貼られていない。ここは、むしろ、庭が美しい。
庭造りの名人といわれた善阿弥の作といわれ、有名なのは、砂を高く盛った向月台と、銀沙灘である。
(3)哲学の道。
哲学の道と呼ばれる並木道に来る。『善の研究』で有名な西田幾太郎が、思索したといわれるところだが、実際に来てみると、疎水に沿った細い散歩道で、哲学するより、恋でも語ったほうが似合いそうな場所だった。
(4)三千院。
三千院そのものは、深い木立ちの中の、静かな寺である。城の石垣に似た土台の上に建てられた三千院は、いかにも、古い京都の寺という感じがする。
(5)京都の山々はやさしい。
盆地に広がる京都の町は、どこからでも、山脈が見える。なだらかな、女性的な山の姿である。雨に煙ると、その山脈は、一層、優しくなる。
(6)暑い、京都の夏。
盆地の町である京都は、暑さが、地面からわきあがってくる感じである。風というものが、ほとんどない。
感想
本作は、東京の3組のカップルが京都で、相次いで、心中したことが発端となった。もちろん、十津川警部たちは、これらが、心中に見せかけた殺人事件だと思っているが、動機もわからないし、被害者同志の関係もない。京都府警は、心中として処理してしまっている。
間違いなく難しい事件になることが予想されたが、実際難しい事件になった。
ここから、十津川班の捜査と、ミステリー小説が展開されていく。魅力的な謎があり、ロジカルな推理があり、アリバイトリックもあり、意外な結末もある。
京都にある様々なスポットが、リアルに表現されていて、トラベルミステリーとしても、秀逸である。全体亭に、かなり、完成度の高い作品だと思った。
だが、この作品が、とくに新鮮なのは、文章のタッチが、観念的で情緒的な点である。すごく、文学的なのだ。
そう思わせる文章が随所に散りばめられている。
死は恐ろしい。だが、同時に、甘美でもある。死は、全てを美化してしまうからである。
(誰もが、みんな苦しんでいるんだ)と、思うと、安心する。
警察小説は、とかく、ロジカルで現実的な文章になりがちだが、この作品は、死や苦しみ、男女の愛憎といった、観念的なモノに対し、十津川が思いを馳せている。そんな文章が多いのである。
こうした文章のタッチは、十津川警部シリーズでは、珍しい。だから、すごく、貴重な作品だと思う。
コメント