初版発行日 2005年3月10日
発行出版社 実業之日本社
スタイル 長編
私の評価
札幌・東京・伊豆七島……。相次ぐ殺人事件を結ぶ、恐るべき背景とは何か?殺されたのはすべて、医療関係者だった。北海道の大学病院の名誉教授、医療機器販売会社の社員、そして離島の医師。その背後にある黒い秘密に、捜査陣が迫る!
あらすじ
上巻
事件の発端は、北海道の有名私立大学の医学部名誉教授の死だった。結婚記念日の夜、研究室で何者かによって殺害されたのだ。その名誉教授には、数年前、助成金にまつわる黒い噂があった。そしてさらに、その噂の元となった医療機器販売会社の社員が殺された。ふたつの殺人事件を結ぶものは何か。十津川警部が北海道警との緊密な連携のもと、事件の背景を追う!
下巻
札幌で始まった殺人事件は、国会議員が殺されたことによって、新たな局面を迎えた。何者かが、殺された医学部名誉教授が行ったAID治療のリストを持って、精子提供者を恐喝しているらしい。そのリストを求めて、懸命な捜査を続ける十津川警部の前に立ちはだかったのは、思いもかけぬ人物だった。しかし、その圧力に、十津川警部は敢然と立ち向かう!
小説の目次
- 札幌春三月
- 東京四月深夜
- 内部告発者
- 謎を追って
- AID
- 指紋
- 父よ
- 父と子と
- 同時発生
- 混乱
- 圧力の実態
- 金の行方
- 政治とのつながり
- 真の敵
- 女性週刊誌
- 最後の賭け
- リストを奪還せよ
冒頭の文
春といっても、まだ三月二十五日、北国札幌では、三月下旬でも、雪が降る。
小説に登場した舞台
- 札幌(北海道札幌市)
- 伊豆七島(東京都)
- 羽田空港(東京都大田区)
- 大島(東京都・大島町)
- 京都駅(京都府京都市下京区)
- 桜木町駅(神奈川県横浜市中区)
- 堂ヶ島温泉(静岡県・西伊豆町)
- 南座(京都府京都市東山区)
- 東京駅(東京都千代田区)
- 花吉兆(京都府京都市東山区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 鈴木:
40歳。北海道警捜査一課の警部。 - 吉田:
北海道警捜査一課の刑事。 - 本山:
北海道警捜査二課の警部。 - 青木:
伊豆七島のS島駐在の巡査。 - 藤木:
京都府警の警部。 - 三沢:
京都府警の警部。 - 高林昭彦:
41歳。地検の検事。 - 田口:
中央新聞社会部の記者。十津川警部の大学時代の同級生。
田中医療機器販売会社
- 田中孝一:
東京・新橋にある「田中医療機器販売会社」の社長。 - 木元肇:
当時40歳。「田中医療機器販売会社」の営業課長。5年前、医療機器販売のリベート疑惑があった後、自殺した。 - 飯田隆弘:
44歳。「田中医療機器販売会社」の社員。下北沢にあるスーパーマーケットの地下駐車場に停めてあった車の中で死体となって発見された。 - 川島裕子:
27歳。「田中医療機器販売会社」の社員。 - 山岸良三:
「田中医療機器販売会社」の社員。 - 福島政夫:
32歳。「田中医療機器販売会社」の社員。
事件関係者
- 三国茂雄:
65歳。札幌にある北方大学医学部の名誉教授。大学の研究室で死体となって発見された。 - 沢木実:
54歳。元北方大学の助教授。5年前の事件の後、大学をやめて伊豆七島S島の診療所で医師をしている。S島の海岸で死体となって発見された。 - 岡田博之:
47歳。弁護士で国会議員。北方大学の出身。京都・祇園にある愛人・千鶴を住まわせていたマンションで死体となって発見された。 - 水口徹:
20歳。予備校生。調布市内のコンビニでアルバイトをしている。 - 富永誠:
TNエレクトロニクスの社長。資産家。 - 市川小助:
21歳。若手の歌舞伎役者。歌舞伎の名門・市川巳之助の息子。 - 小林政太郎:
72歳。代議士。与党の最大派閥の長。 - 小林一郎:
45歳。小林政太郎の息子。法務省の副大臣。 - 小林亜矢子:
43歳。小林一郎の妻。北方大学の卒業生。 - 倉本茂:
中央ケミカルの元社員。学生時代、小林亜矢子と交際していた。
その他の登場人物
- 三国昌子:
60歳。三国茂雄の妻。札幌郊外の高級住宅街に住む。 - 三国茂光:
38歳。三国茂雄の息子。札幌市内にある「ミクニクリニック」の院長。 - 土田:
30歳。北方大学の警備員。 - 原田:
北方大学の職員。 - 井上妙子:
40歳。S島の診療所で働く看護師。 - 長谷川信子:
沢木実の元妻。横浜市内に在住。 - 長谷川真美:
20歳。大学2年生。沢木実と長谷川信子の娘。 - 五十嵐:
75歳。元産婦人科医。 - 千鶴:
京都の芸姑。岡田博之の愛人。 - 村田修一:
岡田博之の秘書。 - 品川修:
47歳。横浜に事務所を持つ弁護士。岡田博之の大学時代の同級生。 - 奥山香奈:
富永誠の恋人。 - 久保田:
松映株式会社の社長秘書。 - 宇田川壮吉:
東京の弁護士。 - 秋山恵子:
46歳。横浜にある会計事務所に勤務。田中孝一と交際している。 - 大越けい子:
小林亜矢子の大学時代の同級生。 札幌市内に在住。 - 柴田:
札幌市内にある中央ケミカルの広報部長。 - 岩本:
女性週刊誌「N」のデスク。 - 桜井:
Z海運の副社長。 - 小西:
医師。AIDの研究をしている。 - 中西綾子:
弁護士。
印象に残った名言、名表現
(1)自分のことばが涙を呼び起こす。
彼は、激した口調でいい、その口ぶりに自分で酔ってしまったのか、涙を浮かべた。
(2)兆し。
「一見、悪い兆候に、見えるが、しかし、私は、これは、事件が、まもなく解決する兆しだと、思っている」
感想
5年前に疑惑のあった医療機器販売のリベート疑惑が事件の原因と思いきや、北海道の大学教授が先導して起こしたAIDが事件の原因にあったというストーリーである。
事件の全体像および容疑者たちは、比較的、早い段階で示される。つまり、犯人当てではなく、殺人の証拠を掴むことが、ミッションであった。
”生命”に関わるプライベートかつデリケートな問題だから、当然、関係者からの証言を集めるのも容易ではないし、嘘の証言も多い。そして、警察上層部からの政治的圧力もかかる。
圧力に屈せず、関係者をひとりひとり当って、証拠を積み上げていく、十津川警部の執念が実ったのだ。そう、本作は、刑事の執念を、十津川警部の執念を、上下巻通して描いたと言っても過言ではない。
医学的な説明や、社会的な背景がリアルに描かれたわけではない。だから、本作は、社会派ミステリーではないと、個人的には思う。
自分の保身のために嘘をつく人間を、会話劇で描いたものである。そして、繰り返しになるが、十津川警部の執念を描いたものでもある。
ちなみに、本作は、トラベルミステリーとしての旅情は描かれていない。そこが、残念だった。
最後に、西村京太郎先生のことばを紹介しておく。
人命は地球より重いという。真実だが、同時にその人命がビジネス対象になっている現実も存在する。現代ではすべてが市場原理に支配されていて、人の命も例外ではない。もちろん、こうした非常な現実を、絶対に許せない人間もいる。十津川も、その一人だが、その闘いは、最初から苦闘の連続になるに違いない。
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