初版発行日 1993年3月30日
発行出版社 文藝春秋
スタイル 短編集
私の評価
徳島、能登、出雲、上越、各地の鉄道を背景に、様々な恋の果てに起きた殺人事件を、十津川警部が解明する。
あらすじ
1.恋と復讐の徳島線
十津川は、自宅の近所にある「青蛾書店」の店主に好感を抱いていた。四国出身で口下手だが温かみがあり誠実な男だった。仕事帰りに立ち寄り、店主とよもやま話に花を咲かせていた。6月のある日、徳島県で2件の殺人事件が発生。被害者が東京の人間だったことから、警視庁に協力依頼が入る。捜査を開始した十津川は、殺人事件が発生した両日に、「青蛾書店」が臨時休業していたことを不審に思い……。
2.恋と殺意ののと鉄道
十津川警部の妻、直子は、大阪の叔母、治子と和倉温泉にでかけた。旅先の海岸で若い女が投身自殺をしていたのを直子が救出したが……。恋路駅に書いた思い出ノートが事件解決の鍵を握る!
3.恋と裏切りの山陰本線
旅館の婿になるため皆生温泉へ行ったはずの十津川警部の部下、小田刑事が失踪。十津川は亀井刑事と共にブルートレイン出雲3号で現地に向かう。
4.恋と幻想の上越線
警視庁捜査一課の日下刑事は、同級生の結婚式に出席し、同窓の浅井と会う。そこで日下が大学時代に同じ同人誌をしていた森田淳が、ポスターのモデルに恋をしていることを知る。が、その後、森田淳が自宅マンションで死体となって発見された。
小説に登場した舞台
1.恋と復讐の徳島線
- 鴨島駅(徳島県吉野川市)
- 徳島阿波おどり空港(徳島県・松茂町)
- 徳島駅(徳島県徳島市)
- 穴吹駅(徳島県美馬市)
- 脇町(徳島県美馬市)
2.恋と殺意ののと鉄道
- 和倉温泉(石川県七尾市)
- 和倉温泉駅(石川県七尾市)
- のと鉄道
- 恋路駅(石川県・能登町)
- 富山きときと空港(富山県富山市)
3.恋と裏切りの山陰本線
- 米子駅(鳥取県米子市)
- 皆生温泉(鳥取県米子市)
- 弓ヶ浜海岸(鳥取県米子市)
4.恋と幻想の上越線
- 水上温泉(群馬県・みなかみ町)
登場人物
1.恋と復讐の徳島線
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 十津川直子:
十津川警部の妻。 - 藤岡正司:
十津川警部の家の近所にある「青蛾書店」の店主。 - 若木:
徳島県警の警部。 - 高橋:
脇町警察署の警官。 - 岩崎伸:
25歳。S電気の管理部に勤務。東京都杉並区のマンションに在住。御所温泉近くの渓谷に落下して死亡した。 - 五十嵐杏子:
28歳。スタイリスト。静岡の下田に在住。徳島・眉山近くのホテルの五階から転落して死亡した。 - 北原整:
東京在住のカメラマン。徳島・眉山近くのホテルで死体となって発見された。 - 北原あき子:
北原整の妻。
2.恋と殺意ののと鉄道
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 清水新一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上本部長:
刑事部長。十津川警部の上司。 - 十津川直子:
十津川警部の妻。 - 治子:
十津川直子の叔母。 - 橋本ゆき:
銀座のクラブ「ジュリア」のホステス。かつてK商事の経理部で働いていた。和倉温泉近くの海岸で投身自殺をはかったが、十津川直子に助けられた。 - 立花順:
46歳。パチンコ店「立花興業」の経営者。橋本ゆきの婚約者だった。行方不明になる。その後、奥多摩の渓谷で死体となって発見された。 - 立花健:
立花順の弟。「立花興業」の副社長。 - 立花加代子:
立花健の妻。 - 森本明:
30歳。K商事の社員。橋本ゆきの恋人だった。マンションの5階から転落して死亡した。 - 照代:
新橋の置屋「香月」の芸者。 - 小林京子:
永福町に在住。恋路駅の思い出ノートにメッセージを残した女性。 - 野田卓:
小林京子の恋人。
3.恋と裏切りの山陰本線
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 小田敬介:
29歳。警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。皆生温泉で発生した事件の捜査で出会った旅館の娘・みゆきと結婚し、旅館の婿になる予定だったが、行方不明になる。その後、皆生温泉近くの弓ヶ浜海岸で死体となって発見された。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 十津川直子:
十津川警部の妻。 - みゆき:
皆生温泉「晴海館」の娘。小田刑事の婚約者。 - 春江:
皆生温泉「晴海館」の女将。みゆきの母親。 - 松本功:
28歳。サラリーマン。三鷹の自宅マンションで死体となって発見された。 - 平木昌子:
松本功の恋人。フリーター。同棲していた。 - 水野:
鳥取県警の警部。 - 森川紀子:
皆生温泉のコンパニオン。弓ヶ浜の松林の中で死体となって発見された。 - あけみ:
皆生出身。今年の八月に東京で宝石商を殺した後、皆生温泉近くの海岸で自殺した。 - 佐々木:
あけみと共に宝石商を殺して逃げた男。逮捕され東京拘置所に留置されている。
4.恋と幻想の上越線
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 浅井:
28歳。M自動車の営業部に勤務。日下刑事の大学時代の同級生。 - 森田淳:
28歳。フリーの旅行記者。日下刑事の大学時代の同級生。大学時代、日下刑事と同人誌に入っていた。世田谷区北沢の自宅マンションで死体となって発見された。 - 杉浦健吉:
57歳。画家。奥多摩の谷底に転落している車の中で死体となって発見された。 - 大久保久兵衛:
水上温泉「ホテル陽光楼」の社長。 - 中村久枝:
大久保久兵衛の隠し子。東京でモデルをやっている。目白のマンションに在住。 - 高木:
水上温泉「大和旅館」の主人。大久保久兵衛の幼馴染。 - 前田春男:
75歳。今年の1月に豊島園近くの路上で車にはねられ死亡した。轢き逃げだった。 - 前田徹:
46歳。前田春男の息子。池袋の印刷工場に勤務。
印象に残った名言、名表現
(1)愛嬌がある表現。
人間というやつは、時々嘘をつくものだ。
(2)年を重ねるほど、その有り難みがわかる。
「話していて、とても楽しい気分になってくる。安らかな気持になれるんだ。そういう貴重な人を、失いたくなくてね」
(3)ときに男は一人になりたい。
「独身時代が長かった男の人ってね、時々、ひとり者だった時代を、なつかしがるものなのよ。暖かい家庭は無かったけど、自由があったなって」
(4)完璧主義の息苦しさ。
自分はいつも完璧だと思っている。だから、相手にも完璧を求める。そして、挫折する。
(5)人助けは自分のためだったりもする。
「助けても、それが必ずしも、その人の幸福にはならないことを、学んだわ」
感想
今回は、「恋」がテーマになった4つの作品集である。
各作品には、純粋な愛情や、100%の愛、愛したゆえの嫉妬心など、さまざまな感情をもった犯人たちがいた。ときには、センチメンタルな言葉が並ぶなど、人間の内面が描かれ、小説としても、読み応えがあった。
いずれ劣らぬ4作品であったが、一つ挙げるとすれば、「恋と復讐の徳島線」である。
この作品には、十津川警部が、人として好感をもった男が、容疑者として浮上する。
十津川は、あの藤岡という男に、好感を持っていた。ぼそぼそした話し方なのだが、温かみがあるし、誠実な喋り方だった。つい帰りにあの本屋に寄ってしまうのは、彼と話をするのが楽しいからである。
自分が好きな人間を、疑わなければならない、捜査しなければならない、十津川警部の苦悩が克明に描かれている。
(私は、刑事だー)と、十津川は、思う。
怪しい男がいる以上、調べるのが刑事の仕事である。しかし、一度調べ始めたら、刑事としての本能で、とことん追求してしまうだろう。
調べれば調べるほど、男への容疑が明るみになっていき、十津川警部は、さらに苦悩を深めていくのである。
心が痛むのは、藤岡という男が好きだからだ。彼が殺人犯であって欲しくない。いや、殺人犯ではないかと疑うこと自体に、心が痛む。
こうした十津川警部の葛藤や、心境の変化を追っていくのが、面白くもあり、哀しくもある。
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