初版発行日 2014年3月10日
発行出版社 集英社
スタイル 長編
東日本大震災の爪痕を残す岩手三陸海岸を舞台に、哀しき愛の奇跡の裏に隠された謎を追う十津川警部の名推理!
あらすじ
東日本大震災から2年。近藤の携帯電話に行方不明の婚約者渚の歌声が入る。以降歌声だけの電話が続き、近藤は真相を確かめようと渚の故郷K村へ向かう。婚約者からの電話が、愛の奇跡と話題になった頃、村長が殺される。一方、東京で大臣殺害事件を捜査する十津川警部は、現場の指紋から村長殺人との繋がりを見出し、岩手へ飛ぶが……。
小説の目次
- 声が聞こえる
- 海へ
- 盗難
- 家宝の火縄銃
- 真相に向かって
- 奇跡が起きるか
- 愛の奇跡は永遠に
小説に登場した舞台
- 北リアス線
- 宮古市内(岩手県宮古市)
- 浄土ヶ浜(岩手県宮古市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 近藤康夫:
30歳。中央自動車の設計部門に勤務。携帯電話に東日本大震災で行方不明になった恋人・藤井渚の歌声が流れるようになる。 - 藤井渚:
近藤康夫と結婚を約束していた恋人。東日本大震災で行方不明になる。 - 久保寺:
宮古市内にある携帯ショップの営業所長。 - 片桐:
三陸鉄道の社長。 - 磯村:
K村の村長。 - 大西正彦:
農林水産大臣。彼女の橋本ゆう子宅で何者かに殺される。 - 橋本ゆう子:
35歳。殺された農林水産省大西正彦の彼女。大西正彦とともに殺されていた。 - 高木義之:
前科のある男。大西正彦と橋本ゆう子殺害の重要参考人。 - 戸山久一郎:
85歳。K村の旧家の老人。去年、家宝の火縄銃を空き巣に奪われた。 - 水野新太郎:
60歳。かつて大西正彦の後援会の会長をつとめていた。
その他の登場人物
- 吉田:
近藤康夫のS大学のバンド仲間。 - 崎田:
三陸鉄道の運転士。 - 中村:
岩手県警の警部。 - 小杉:
磯村役場の助役。 - 橋本健二:
橋本ゆう子の夫。 - 小島新吉:
60歳。K村の村人。 - 鈴木正男:
63歳。K村の村人。 - 鈴木たき:
61歳.K村の十人。 - 斉藤文子:
40歳。K村の村人。 - 岩本健一:
28歳。K村の十人。漁師。 - 渡辺:
府中刑務所の所長。 - 佐藤:
府中刑務所の看守。 - 伊地知三郎:
府中刑務所で高木義之と同じ房に入っていた男。 - 安藤:
Xチャンネルを運営している会社の社長。 - 永田:
三陸鉄道の広報部長。
印象に残った名言、名表現
(1)近藤康夫の携帯に、毎夜、藤井渚の歌声が聞こえてくる話に対し、マスコミから疑われていて、辟易していた彼に対し、三陸鉄道の社長が言ったことば。
「いや、信じます。私は、どんなことでも、信じますよ。私は、長年、この三陸で、鉄道の事業に、関係してきました。その経験からいうのですが、この世の中、形のあるものでも、信用してはいけない。逆に、形のないものでも、信用すべきものは、信用しなければいけない。」
(2)十津川警部が高木義之に”愛の奇跡”について語ったことば。
「今回の、東日本大震災という大きな被害の中では、多くの人々が、傷つく出来事が、たくさんあったが、それを救うような、エピソードも生まれている。愛の奇跡も、その一つだ。私には、愛の奇跡が、消えてしまうことが、どうしても、耐えられなかった。その意味でも、私は、君が電池を、換えに現れることを、願っていたんだ。」
総評
本作は、2つの謎の物語が同時進行で進んでいく物語である。
1つ目は、”愛の奇跡”の謎。近藤康夫の携帯電話に、東日本大震災で行方不明になった恋人の藤井渚の歌声が流れてくる。それは本当に奇跡なのか?という謎である。
もう一つは、大西正彦と橋本ゆう子、磯村殺害の犯人を追う、ミステリーとしての謎だ。
ミステリー作品の本筋は、殺害事件である。しかし、”愛の奇跡”の謎もひとつの物語として読み応えがある。そして、ラストでこの2つの謎が見事につながる。
”愛の奇跡”の裏側にある、一筋の愛。本作は、ミステリーと愛が重なりあう傑作感動長編なのだ。
さらに、2つの物語の土台にあるのが、三陸の美しい景色と、東日本大震災の爪痕を残す現地の人々の生活である。ここでは、本作で描かれた三陸海岸の情景をかいつまんで紹介していく。
まずは、近藤康夫が三陸の海で恋人と過ごした日々を回想するシーン。これは、東日本大震災以前の穏やかな日々の情景である。
近藤は渚と二人で、土手に並んで、腰を下ろして、海を眺めていたことがあった。
今、目の前は、静かな湾である。眠くなるような、穏やかな暖かさが、ここにある。
渚と二人で、ここに座っていた頃は、今と同じように、静かで暖かくて、このまま何事もなく、渚が東京に戻ってきて自分と結婚するのだと、近藤は、思っていた。
この後、東日本大震災が発生し、三陸海岸は壊滅的な被害を被る。
近藤康夫は東日本大震災後、藤井渚の郷里・岩手へ向かう。久慈駅から北リアス線に乗り、そこから見た景色は、東日本大震災の爪痕が色濃くのこっていた。その景色が次のように描かれていた。
一両編成、ディーゼル。走り出すとすぐ、近藤は、窓の外の景色が、異様なことに気がついた。
南下する方向に向かって、右側の窓からは、高台が見える。そこには、道路を走っている車が見え、家々が、並んでいる。時には、仮設住宅が。
左側の窓の外に見えるのは、全く別の景色だった。
こちらに広がるのは、海岸線である。そこには、あの日まで、小さな漁村があり、水産加工の工場があり、村役場もあったに違いない。今、目に見えるのは、その残骸でしかない。
かろうじて、骨組みだけが残っている家があるが、そこには雑草が生えていて、人の気配は全くなかった。
場所は久慈駅と宮古駅の間にある村。東日本大震災で甚大な被害があった場所である。3.11により、かつての町並みは消滅してしまったが、海は変わらず穏やかな様子が描かれた。
近藤は、岬の突端に向かって歩いていった。今、目の前に、広がっている湾内は穏やかで、優しい。
そして、浄土ヶ浜へ。
浄土ヶ浜は、あの時も今も、全く変わらないように見えた。ただ、渚と一緒に行ったあの時には、観光客で、あふれていた。
それが今は、観光客の姿は、一人も見ることができなかった。そこには、ただ、美しい景色だけが目の前に広がっている。
美しい三陸海岸の上にのせた、哀しい愛の物語。ぜひ一読してほしいと思う。
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