初版発行日 2006年5月20日
発行出版社 小学館
スタイル 長編
溢れ出る西村京太郎先生の”十津川村愛”!”十津川”のルーツを巡る2つの殺人事件。
あらすじ
財団法人<日本の自然と伝統を守る会>理事長奥寺真一が殺された。現場には「義によって、、、、」の血書が残されていた。事件のあった夜、十津川と名乗る男が奥寺を訪ねて来たというのだ。「君が犯人ではないかと遺族が疑っている」という本多捜査一課長の言葉に、驚き戸惑う十津川警部。日本一の面積をもつ村・十津川村を世界遺産として残すべく尽力してきたという奥寺の死の背景に、明治維新以来、歴史の闇に翻弄され続けた十津川郷土の存在があることを知った十津川警部は現地に足を踏み入れた。そこに待っていたのは新たな殺人事件。紀伊山地の奥、山紫水明の地と、そこに生きる人々の純朴な気質に十津川は、共感を覚えてゆく。なぜ、桃源郷のようなこの村に忌まわしき事件が起きるのだろうか。全国津々浦々を駆けめぐり事件を解決してきた名警部十津川が、その名の由来となった十津川村を巻き込んだ事件に初めて遭遇し、捜査にかける意気込みに拍車がかかる。
小説の目次
- メッセージ
- 十津川村に入る
- 来訪者たち
- 川湯温泉
- 草莾の会
- 斬妖状
- 第二の天誅
小説に登場した舞台
- 南紀白浜空港(和歌山県・白浜町)
- 十津川村(奈良県・十津川村)
- 十津川温泉(奈良県・十津川村)
- 谷瀬の吊り橋(奈良県・十津川村)
- 昴の郷(奈良県・十津川村)
- 川湯温泉(和歌山県田辺市)
- 日比谷公会堂(東京都千代田区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
その他の警察関係者
- 中村:
初動捜査班の警部。 - 上村伸治:
十津川村の派出所の警官。 - 飛鳥井透:
十津川警察署の署長。 - 秋本:
奈良県捜査一課の警部。
事件関係者
- 奥寺真一郎:
58歳。<日本の自然と伝統を守る会>の理事長。元国交省の役人。月島にある自宅マンションで殺害される。 - 奥寺香織:
奥寺真一郎の娘。30歳。独身。大手の出版社に勤務。 - 小野田昭:
40歳。小野田工業の社長。 - 小野田恵子:
小野田昭の妻。30歳。 - 葛城由美:
30歳。小野田工業社長秘書。 - 木下明憲:
中川宮の子孫を名乗る。 - 木下寛子:
木下明憲の妻。 - 木内:
文化庁の課長。 - 三浦泰治:
評論家。 - 藤田啓一:
35歳。東京から本宮町に移住して林業の研修を受けている。 - 坂口勤:
四谷三丁目の喫茶店「野猿」を営む。
その他の登場人物
- 池田:
国交省の事務次官。奥寺真一郎と同じ大学の後輩。 - 田口:
中央新聞社に勤めている。十津川の大学の同期。 - 井上:
日本の自然と伝統を守る会の副理事長。 - 真田:
十津川村で百年以上続いている旧家の当主。 - 今井:
川湯温泉の旅館の主人。
個人的メモ
- 坂本龍馬と中岡慎太郎が殺された「近江屋事件」の際、刺客が「十津川村から来ました」と告げた伝説をなぞらえた事件。
- 鎌倉時代の十津川村、明治維新の時代の十津川村との関係がくわしく書かれている。
- 西村京太郎先生の十津川村にたいする愛情があふれている。
総評
本作の感想をひと言で言うならば、「西村京太郎先生の十津川村愛にあふれた作品だった」である。
まず、十津川警部というキャラクターを作ったときの西村京太郎先生のことばが本書の1ページ目に記載されている。
ミステリー作家は、探偵社の造型に苦労する。まず、名前である。読者の印象に残る名前でなければならない。それに、さわやかで、かつ、力強い感じも欲しいと、欲張りなことを考えてしまう。何年もつき合うことになる探偵役の名前だからである。
電話帳を見たり、同窓生の名簿を見たりしたが、これという名前が思い浮かばない。苦労している時、ふと、日本地図を見ていて、眼に止まったのが十津川村だった。
その瞬間、探偵役の名前が決まった。以来、十津川とは30年余りのつき合いである。
作品の印象をきめる大事な大事な名前。それを考えるのに苦心されたのが伝わってくる。日本地図の十津川村をみて決まったとある。
考えて考えて考えぬいたとき、ひょんなことで答えが見つかる。何かを見てインスパイアする。もの作りや企画を考えたことがある人なら、一度は同じような体験したことがあるのではないだろうか。
本作は十津川警部の起源となった十津川村を舞台に繰り広げられる事件である。
まず、十津川村の描写。
西村京太郎先生が春の十津川村に訪れて、実際にみた風景を、見事に描写されている。
「どこを見ても、山が重なり合っているように見えて、その崖の下に、急流が流れている。」
「自然が名物かな。ああ、それから、イワナやヤマメが一杯穫れる。それと、山菜が、ここの名物じゃないかなぁ。」
「なるほど、道の両側にある桜の木は、すでに、散ってしまっていたが、山の高いところには、まだ、ところどころで、桜が咲いているのが見えた。」
「谷底を蛇行する川が作った三角州が、この十津川村では、唯一の平地らしい。」
「その途中で、「野猿」も見ることができた。谷から谷へ、ロープが張られて、一人用の籠がついている。その籠に乗り、ロープを引っ張って動く一人用の乗り物だった」
次に、十津川村の歴史。
鎌倉時代における十津川村の描写。そして、幕末から明治維新にかけての十津川村の人々の活躍。これらの描写が本作全体に散りばめられている。本作を読むだけで、十津川村の歴史が学べるほどの情報量だと思う。
筆者もいままで十津川村についてまったく知らなかったが、本作を通じてちょっとした”十津川村通”になれた気がする。
そして、十津川村で暮らす人々の気質。
純朴でまっすぐで人を疑うことを知らない素直さ。それでいて、一度決めたことは頑として曲げない頑固さもあると書かれている。この”十津川村人”の気質が、事件に大きく関係してくるのだ。
ここから先はあなた自身で体感してほしい。西村京太郎先生の”十津川村愛”を。
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