初版発行日 1994年1月25日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
私の評価
十津川警部らの捜査に疑問を投げかける弁護士とともに事件の真相に迫る。ろうあ者と健聴者の深い溝を描く感動の長篇ミステリー。
あらすじ
殺人容疑者・秋本つね子は、ろうあ者だった。手話通訳士を介しての尋問にも、同じろうあ者の関口弁護士にも、なぜか心を開かぬつね子。関口は彼女の薄幸の半生を辿り、無実を信じた。つね子に秘められた意外な過去。さらに、悪徳探偵が殺され、遺された写真から事件は意外な展開を……。
小説の目次
- 初仕事
- 弁護士
- 母親
- 裁判に向けて
- 失われた記憶
- 二つの糸
- 第三の殺人
- 戦いへの序曲
- 解明への旅
- 沈黙のなかでの死
冒頭の文
小早川京子は、手話通訳士試験に合格したのを機会に、それまで勤めていた会社を辞め、城西福祉事務所の嘱託になった。
小説に登場した舞台
- 館山(千葉県館山市)
- 東京拘置所(東京都葛飾区)
- 仙石原(神奈川県・箱根市)
- 小田原駅(神奈川県小田原市)
- 晴海埠頭(東京都中央区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 清水新一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
警察関係者
- 中村:
警視庁初動捜査班の警部。十津川警部の同期。 - 山本:
検事。 - 内川:
32歳。緑警察署の警部。 - 宮下:
城南署の副署長。
事件関係者
- 小早川京子:
手話通訳士。城西福祉事務所に嘱託勤務。他界した両親がろうあ者だった。 - 友田夫妻:
中小企業の社長夫婦。何者かに殺害される。 - 秋本つね子:
65歳。ろうあ者。友田家の家政婦として働いていた。友田夫妻殺人容疑で逮捕された。 - 野口みどり:
27歳。友田家の家政婦。 - 神田浩:
32歳。秋本つね子の息子。神田家に婿入りした。 - 神田肇:
城西地区でスーパーを経営している。 - 関口要:
ろうあ者の弁護士。 - 堀田みゆき:
30歳。弁護士。関口要の助手。 - 高橋順一:
45歳。私立探偵。自宅マンションから転落死した。 - 神谷猛:
四谷にある神谷不動産の社長。 - 津村幸雄:
自治庁地方整備局庁。 - 目加田加代:
39歳。銀座のクラブ「加代」のママ。横浜市旭区の自宅マンションで死体となって発見された。 - 大沢豊:
サン建設の社長。神田肇が老人ホームを作る予定だった南房総の土地にリゾートホテルを作ることになった。 - 大月弘:
40歳。元S組の幹部。
その他の登場人物
- 三浦功:
小早川京子が見合いをした相手。京子の両親がろうあ者と知って断ってきた。 - 林ふみ子:
城西福祉事務所の手話通訳士。 - 奥田:
小早川京子の前任の手話通訳士。 - 神田冴子:
神田肇の娘。神田浩の妻。 - 望月ひろ子:
25歳。銀座区のクラブ「ひろこ」のママ。高橋順一と親しくしていた。 - 酒井:
中野にある酒井病院の院長。 - 井上明子:
45歳。酒井病院の看護師。 - 田崎ゆき子:
50歳。書家。世田谷区松原に在住。 - 長谷部勇:
赤坂にある料亭「菊乃」の支配人。 - 尾藤広志:
新橋にある中央情報社の社長。 - 鈴木:
品川にある鈴木電装の社長。昭和29年から一年半、秋本つね子が働いていた。 - 清子:
品川にあるラーメン店「珍々亭」を営む。かつて秋本つね子と一緒に鈴木電装で働いていた。 - 徳田利一郎:
K鉄道リゾートの開発部長。 - 塩見:
52歳。塩見学習塾の社長。かつて神田浩の担任をしていた。 - 田口:
中央新聞報道部の部長。 - 新藤:
弁護士。 - 大林:
酒店の主人。 - 村田:
K高校の教頭。かつて神田浩が通っていた高校。 - 木島:
木島不動産の社長。 - 岸本治:
神田浩の高校時代の同級生。 - 中原:
弁護士。
印象に残った名言、名表現
(1)
中学、高校と進み、異性を意識する年頃になると、いっそう恥ずかしさが増した。両親と一緒の外出を嫌い、やむなく出かけたりすると、わざと大声で喋った。自分が健聴者であることを、周囲に示そうとしたりした。
そんなときの、父や母の悲しげな表情を、ときどき思い出すことがある。
(2)雇われ社長は、サラリーマンに毛が生えた程度の収入しかない。
「金は、大会社の雇われ社長より、友田のような中小企業の社長のほうが、ずっと持っていますよ」
(3)日本、というか今の世の中はすべてそうかもしれない。
「熱意がそのまま受け入れられるようには、今の日本はなっていないんじゃないかな。もちろん、熱意がなければ何もできないが、そのほかに、コネだとかお金だとか根回しだとかが必要なんだ」
感想
本作は、ろうあ者をテーマにした、社会派ミステリーである。
身体障害者への偏見は完全になくなっていない。もちろん、かつての日本に比べれば、偏見は少なくなったのかもしれないが、2021年現在においても、いまだに偏見の目はあるだろう。
本作は今から27年前に刊行された作品であるが、西村京太郎先生のろうあ者に対する暖かい眼差しが感じられる作品である。ろうあ者のことを理解しようという熱意が伝わってくる。
それだけでなく、ろうあ者が健常者に抱く、”不信感”についても描いているのだ。デリケートな問題にも、深く突っ込んでいる。
描かれたのはろうあ者だけではない。金と名誉、保身、嘘にまみれた汚い人間たちの姿も描いている。その一方、自分の子どもを命に変えても守り抜く、母親の愛についても描いている。
ドロドロとした汚い人間の欲望は、ある意味、人間の弱さである。逆に、母親の愛は、人間の強さである。
本作では、この弱さと強さの対比が鮮明に描かれている。だからこそ、最後の最後のシーンで、母親の愛の美しさに感動するのだ。
コメント