初版発行日 1995年6月25日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
私立探偵・橋本豊の殺人容疑での逮捕。その後も相次ぐ殺人事件。事件解決の糸口が見つからない焦り、上司の指示や上層部からの圧力に対する葛藤と抵抗。十津川警部の内面が描かれる、1990年代の名作の一つ。
あらすじ
私立探偵・橋本豊に奇妙な依頼……服役中の殺人犯・浜田功は無罪だ、一ヶ月以内に真犯人を捜してほしい、報酬は一千万円!ところが、依頼主の広池弁護士が北陸・芦原温泉で絞殺された!福井県警は、現場を訪れた橋本を緊急逮捕。橋本は身の潔白を、かつての上司・十津川警部に訴えた。浜田はなぜ上告しないのか?苦悩し、抵抗する十津川が掴んだ真相は?
小説の目次
- 依頼人
- 接点
- 再確認
- 広がる事件
- 遺言状
冒頭の文
私立探偵の橋本豊は、一通の手紙を受け取った。
小説に登場した舞台
- 国立国会図書館(東京都千代田区)
- 伊東(静岡県伊東市)
- 小松空港(石川県小松市)
- 芦原温泉(福井県あわら市)
- 長崎空港(長崎県大村市)
- 雲仙温泉(長崎県雲仙市)
- 宮城刑務所(宮城県仙台市)
- 京王多摩川(東京都調布市)
- 桜木町(神奈川県横浜市中区・西区)
- 上諏訪駅(長野県諏訪市)
- 上諏訪温泉(長野県諏訪市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 北条早苗:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三田村功:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 田中大輔:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 橋本豊:
私立探偵。元警視庁捜査一課の刑事で十津川警部の部下。広池康夫から中井ゆみ殺害事件の真犯人を捜してほしいと依頼される。 - 広池康夫:
広池法律事務所の弁護士。 - 浜田功:
26歳。中井ゆみ殺害容疑で宮城刑務所に服役中。 - 浜田保子:
浜田功の母。中野でフランス料理店を営んでいたが、病死する。 - 浜田保男:
浜田功の父。中野でフランス料理店を営んでいたが、病死する。 - 中村:
池袋のディスカウントショップ「光陽」の社長。中井ゆみと交際していた。 - 加東匡:
49歳。建築家。中井ゆみと交際していた。 - 村田えりか:
26歳。モデル。加東匡の愛人。 - 平井:
五反田の平井探偵事務所の所長。 - 福田真:
平井探偵事務所の元所員。 - 野々村徹:
平井探偵事務所の元所員。 - 青木良一:
新日本保証の社員。60歳過ぎ。かつてN不動産で浜田功の父親と働いていた。 - 三林徳太郎:
元N不動産の社長。 - 神田広也:
46歳。三林徳太郎の秘書。広池康夫の友人。 - 三林明:
三林徳太郎の弟。 - 竹内勝:
元N組の組員。
その他の登場人物
- 広池晴美:
広池康夫の妻。 - 奥野:
広池法律事務所の弁護士。 - 八代みき:
広池法律事務所の元事務。 - 加東秋子:
45歳。加東匡の妻。 - 鈴木:
福井県警の刑事。 - 佐伯:
福井県警の警部。 - 及川マリ:
モデル。村田えりかの友人。 - 麻里子:
銀座のクラブ「扇」のホステス。 - 佐川:
長崎県警の刑事。 - 立石:
新日本保証の若手社員。 - 川北:
代議士。三林徳太郎が後援会をしている。 - 小早川:
S大学病院の内科部長。三林徳太郎の主治医。 - 中村:
警視庁捜査四課の刑事。十津川警部の同期。
印象に残った名言、名表現
(1)十津川警部の苦手なタイプの人間。視野が狭いのに正義感だけが強く、自分の言動に酔いやすいタイプだと思う。
眼がいつも輝いている感じの三十代の警部である。十津川は、こういう刑事を好ましいと思う一方、苦手でもあった。
(2)ひとつの真理。
「悪人なら、大丈夫だろうが、金に困った小心な人間がいちばん危ない」
感想
本作「十津川警部の抵抗」は、1995年に刊行された作品である。
1988年に刊行された「十津川警部の挑戦」を皮切りにした、「十津川警部の○○」シリーズのひとつである。
このシリーズの特徴は、十津川警部と警察上層部との対決、それによる十津川警部の葛藤を描いたり、十津川警部の友人や元部下が犯罪に絡むことによる、十津川警部の苦悩を描いた作品が多い。
本作では、十津川警部の上司である三上刑事部長からの指示に対し、抵抗しながらも従い、従いながらも抵抗する、十津川警部の姿が描かれている。
十津川警部は警察組織に所属している。だから、上司の指示に従わなければならない。だが、人として刑事として、納得できない部分がある。だから、上司の指示との妥協点を探ろうとしたり、指示の解釈を拡大できないか、思い悩むのである。
実際、西村京太郎先生が、本作における「作者のことば」で次のように語っていた。
私は作家になる前、いくつかの職を転々としている。いちばん長いのは、人事院という役所に勤めたことで、これは十一年間である。そうした経験が、小説を書くうえで役に立っているでしょうといわれるが、正直にいって、ほとんど役に立っていない。ただ一つ、サラリーマンを十一年やったので、組織の中の人間が、いかに不自由なものかよくわかったということがある。よくファンの方から、十津川がなぜ、もっと自由に動き回らないのか、上司の言葉を気にするのかといわれるのだが、彼もサラリーマンだから仕方がない、気にしながらの抵抗、それを書きたいとも思っている
上司からはこういう指示があった。でも、自分は違うと思う。だが、上司の指示は絶対だ。それなら、上司の指示を一応は守りながら、自分のやり方を通せる論理はないだろうか?と考えるのである。
また、本作では、上司との衝突による葛藤だけでなく、捜査が思い通りに進まないことに対する、心の葛藤もよく描かれている。
例えば、事件解決のヒントが見つからず、暖簾に腕押し状態になっているときの、十津川警部の心の葛藤が描かれたシーンがある。
何か、わかりかけているのだ。
十津川は、そう思っていらいらした。今度の事件の解決に向かうヒントが、眼の前にちらついているのに、おれは、それに気がついていないのではないかという、いらだちだった。
十津川警部と亀井刑事の会話でも、苦悩している様子がうかがえる。
「なんとなく、自分の周囲に霧みたいなものが、わいてきたような気がしてね」
「こちらが知りたいことができると、急にその姿が見えなくなってしまうような気がしているんだよ」
こうした心の葛藤へのフォーカスは、近年の作品には、なかなか見られない特徴である。そういう意味においても、「十津川警部の○○」シリーズは、貴重であり、面白い。
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