初版発行日 2005年6月25日
発行出版社 中央公論新社
スタイル 長編
私の評価
古都の伝統と文化が引き起こす連続殺人の謎。京の町が「よそ者」十津川警部を翻弄する。
あらすじ
上巻
京都で一年間、遊んでこいーアパレルメーカーの社長である父親から、ポンと1億円を渡された平松宏は、3月のある日、京都へやってきた。京都の文化・伝統を存分に体験してから、自分の跡を継いでほしい、という親心であった。平松は祇園甲部の芸姑・小万や弁護士の葛西、骨董の目利き「後楽先生」、経歴不明の実力者・五条実篤らと知り合う。4月3日、平松は小万から「都をどり」に誘われるが、そこで小万の点てたお茶を飲んだ観光客の一人が死亡してしまう。被害者は、平松の父親の会社と取引のある販売店主であった……。
下巻
都をどりに端を発した連続殺人事件。京都府警の木下警部は捜査が難航する中、平松に一人の男を紹介した。男は40歳にして、無味乾燥なサラリーマン生活を辞め、これからは平松のように京都の遊びを覚えたい、という。連日平松や西陣の大旦那とお茶屋遊びをするこの男は、自分の身分を偽った、十津川警部、その人であった。ある任務を胸に、十津川警部の秘密捜査が始まる!しかし、京都という町の不思議さが、「よそ者」十津川の捜査をより困難なものとしていく……。
小説の目次
- 春三月
- お茶屋
- 都をどり
- 骨董の罠
- ストーカー
- 第二の事件へ
- 誘拐
- 救出
- 探り合い
- 十津川動く
- 西陣ムラ
- 人探し
- 役者遊び
- 芝居
- 最後の対決と遊び
冒頭の文
無地の着物が、細身の身体に、よく似合っている。一見、上品な若奥様風だが、どこか妙に、色っぽい。
小説に登場した舞台
- 三条蹴上(京都府京都市東山区)
- 歌舞練場跡(京都府京都市下京区)
- 四条烏丸(京都府京都市下京区)
- 祇園甲部(京都府京都市東山区)
- 京都吉兆 嵐山本店(京都府京都市右京区)
- 河原町三条(京都府京都市中京区)
- 一力亭(京都府京都市東山区)
- 一条戻橋(京都府京都市上京区)
- 春日大社(奈良県奈良市)
- 京都駅(京都府京都市下京区)
- 石塀小路(京都府京都市東山区)
- 南座(京都府京都市東山区)
- 銀閣寺(京都府京都市左京区)
- 哲学の道(京都府京都市左京区)
- 白沙村荘(都府京都市左京区)
- 愛宕念仏寺(京都府京都市右京区)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 平松慎平:
東京の大手アパレルメーカーの社長。 - 平松宏:
26歳。平松慎平の息子。京都で一年間、人間修行のために暮らすことになった。 - 小万:
26歳。祇園甲部の芸姑。本名は高橋とき子。 - 葛西:
京都の弁護士。事務所の金庫の中で死体となって発見された。 - 野村:
京都のチンピラ。元暴走族。 - 中西恵子:
祇園にあるAKクラブのママ。 - 香織:
AKクラブのホステス。元CA。 - 五条実篤:
京都の謎のフィクサー。政財界に力を持つ大物。 - 山本真理:
東京の洋品店を営む。平松慎平の会社の得意先の妻。都をどりの会場で飲んだお茶で毒死した。 - 後楽:
後楽亭の主人。 - 小林功:
20歳。京都のチンピラ。元暴走族。自宅マンションで死体となって発見された。 - 北村真:
52歳。元警視庁の副総監。平松慎平の大学時代の親友。十津川警部が探している男。 - 細川:
京友禅の店「升屋」の主人。 - 細川綾子:
細川の妻。去年、自殺した。 - 市村孝太郎:
京都の役者。
その他の登場人物
- 安井:
安井不動産の社長。 - 青木:
都をどり事務局の職員。 - 斉藤:
東京三菱銀行四条烏丸支店の支店長。 - 小鈴:
舞妓。 - 川端雅之:
京都にある問屋の社長。西陣の旦那衆の一人。 - 石田:
京都のS組の組員。 - 坂上:
京都のS組の組員。 - 白川:
裏千家の茶人。 - 竹千代:
元芸姑。 - 倉田:
細川綾子の父親。西陣の旦那衆の一人。 - 吉田登:
25歳。元S組の組員。 - 菊乃:
京都の芸姑。
印象に残った名言、名表現
(1)祇園のしきたり。
「祇園では、現金決済は、いかんのどす。それは、祇園のしきたりに、合いまへん」
(2)京都の上りと下り。
「京都では、御所へ向かうのを上ル、その反対を下ルというんどす」
(3)京都の奥深さ。
何しろ、京都は、千年の都である。
それだけに、街にも、人間にも、奥の深いところがあって、五条実篤という男もその一人だった。
(4)愛は不変ではない。
「愛とか、真心というものは、不変じゃない。二つとも、人間関係だから、明日にも、色あせてしまうものだ。私の長い人生経験からいえば、不変な愛とか、真心なんてものはないんだ。金は違う。極端なインフレにでもならなければ、一億円は、いつまでも一億円だ」
(5)京都全体が緑に覆われる季節。
この季節、京都市内には、緑が、あふれる。京都御所も、緑一色。平安神宮の朱色も、緑に映えて、美しい。嵐山も、鴨川べりも、緑一色になってしまった。市内にある寺の境内も、桜が散って、これも、緑一色である。
感想
私は京都の人間ではないし、京都に住んだこともないが、京都へは観光で何度か訪れたことがある。だから、京都については”薄っぺらい”知識と経験しかないが、京都はほんとうに不思議な街だなぁと思う。
京都といえば、日本一の観光都市であろう。その理由は、”もっとも日本らしい”街であるからだ。千年の都の町並みが今でも残り、有名な寺院もたくさんある。日本的なものが凝縮された街である。海外の観光客がまず行こうとするのは京都なのである。
だから、京都は外国人観光客であふれている。(もちろん、コロナ禍の2020年、2021年は外国人がいないが、コロナ禍が終われば、また外国人観光客であふれかえるだろう。)
京都駅に行けば、日本語より外国語のほうがよく聞こえてくる。もっとも、日本的な街であるがゆえに、もっとも国際的な街でもあるのだ。このアンバランスさが不思議である。
また、京都の人は、観光客へのおもてなしはもちろんするが、少し、突っ込んだ話をしようとすると、うまくあしらわれ、それがなんとも冷たく感じるのだ。
表面はなぞることができるけど、奥には入っていけない、そんな感じがする。これは、街だけでなく、人もそうだ。だから、他県の人からすると、京都はとても謎めいた街に感じてしまう。中身が見えないからだ。
本作は、こうした謎めいた京都らしい作品であった。
そもそも、何が起こっているのか、よくわからないのだ。平松宏が京都に来て、京都の遊びをして、芸姑と知り合って、毎日、遊んでいる。なぜか、十津川も京都に来て、平松と一緒に遊んでいるのだ。その合間に、殺人事件や誘拐事件も起こる。
もちろん、こうした表面的な事象は見えているが、どんな事件が起こっているのか?なぜ、十津川が京都に滞在しているのか?まったく見えてこないのだ。
表面は見えるけど、中身がまったく見えない。こんなところが、実に京都らしいと思う。
メインキャラクターの一人が、京都の芸姑であるところも良い。終始、京都弁で話しているので、京都の雰囲気がより鮮明になる。
とにかく、物語全体に京都の妖しげな雰囲気が漂っている、異色のミステリー。京都に住んだ西村京太郎先生だからこそ、描ける作品だと思う。
この京都を舞台にした十津川警部シリーズの中でも、とくに秀逸な作品だった。
最後に、西村京太郎先生のことばを紹介しておこう。
京都は謎に満ちた街である。この謎が解きにくいのは、それが、形ではなく、京都人の心の中にあるからではないかと思う。だから、余所者にはわからない。私は二十年京都に住んだが、その点、最後まで、余所者だった。
ここにきて、私は、その余所者の眼で、京都の謎を、探検してみたいと思い、この小説を書いた。つまり、京都感情案内である。
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