初版発行日 1986年1月30日
発行出版社 文藝春秋
スタイル 長編
私の評価
ジリジリと犯人を追いつめ、尾行し、罠にかける!十津川警部の真骨頂が炸裂する1980年代の名作!今はなき寝台急行「天の川」に懐旧の思いを込める!
あらすじ
ルポライターが殺された。彼の恋人は轢き逃げに遭う。そして横浜で発見された女性の白骨体。3つの事件を解く鍵は、殺されたルポライターの寝台特急「天の川」乗車ルポにあるはず。列車に乗った十津川警部は、ある齟齬を見出す……。
小説の目次
- 朝の死
- 惜別の列車
- 確執
- 思い出の列車
- タイムリミット
- 罠をかける
冒頭の文
直子は毎朝、家の近くをジョギングする。
小説に登場した舞台
- 上野駅(東京都台東区)
- 寝台急行「天の川」
- 秋田駅(秋田県秋田市)
- 秋田空港(秋田県秋田市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 清水新一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 本多時孝:
警視庁捜査一課長。十津川警部の上司。 - 三上本部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
事件関係者
- 矢代利明:
28歳。ルポライター。十津川直子のジョギング仲間。芦花公園の近くのジョギングコース近くで殺されていた。 - 加藤由紀:
イラストレーター。矢代利明の恋人。 - 柳田敏夫:
新日本産業の営業第一課の係長。矢代利明の友人。 - 長井みどり:
24歳。伊勢佐木町のクラブ「秋」のホステス。金沢八景の住宅の床下から白骨化した死体となって発見される。柳田敏夫と親しくしていた。 - 山本久栄:
35歳。伊勢佐木町でレストラン「花」を経営している。長井みどりと親しくしていた。 - 浜崎透:
43歳。八重洲にある中央興業の総務部長。長井みどりと親しくしていた。 - 白石清:
26歳。横浜市内に事務所のあるカメラマン。長井みどりと親しくしていた。
その他の登場人物
- 十津川直子:
十津川警部の妻。 - 堀切ゆき:
中堅女優。十津川直子のジョギング仲間。 - 岩間:
K出版の編集者。 - 山川:
芦花公園駅前にある喫茶店「BMW」のマスター。 - 吉田:
四谷署の交通係の警官。 - 東田:
四谷にある片岡外科病院の外科部長。 - 青木:
神奈川県警の警部。 - 春日:
矢代利明と加藤由紀が乗車した寝台急行「天の川」の車掌。 - 山下:
十津川と亀井が乗車した思い出列車「天の川」の車掌。 - 佐川博:
銀座にある古美術品店の店主。「日本銃愛好会」の会長。 - 井上:
築地署の交通係。
印象に残った名言、名表現
(1)かつての上野駅の姿。
上野駅で一番好きな所はどこかときかれれば、私は躊躇なく中央改札口だという。この改札口を入った地平ホームには、ずらりと長距離列車が並び、いかにも終着駅という感じだからである。
(2)この当時から、現代の鉄道の姿を予見していた。
鉄道が、ただ単に乗客と物資を運ぶだけのものではないからである。地方の文化、連帯といったものにも役立っていて、その価値は計算できない。少年たちに夢を与えることも、その一つだろう。
経済という点だけを考えて分割民営化が推し進められたら、恐らく新幹線と通勤電車だけになってしまうだろう。そうなった時、鉄道に夢を持つ彼等はどこへ行ってしまうのだろうか?
(3)今回の事件の難しさをあらわしている。
「ある男を殺人犯として起訴して、その裁判が開かれているときに、一方で警察が、その男の無罪を証明するために動いている。そんなことが許される筈がないからね」
感想
本作がすばらしいと感じた点は3つ。
一つ目は、今はなき寝台急行「天の川」の様子を、ありありと記録していることである。
それは、ルポライター・矢代利明が書いた『惜別の列車、寝台急行天の川』で詳しく描写されているし、十津川と亀井が、乗った「思い出列車天の川」でも、くわしく描かれている。
昭和の時代に活躍した寝台急行の”活きた記録”として、かなり貴重な作品なのではないだろうか。本作の再刊にあたり、小牟田哲彦氏が解説に記した言葉に、この作品の重要性を指摘している。
老いさらばえたとはいえ戦後の鉄道史に大きな足跡を残した”元・走るホテル”の車両が充当され、最後は新幹線への旅客の禅譲を理由に余力を残して引退した「天の川」は、地味ながらも幸運な列車であった。その最後の旅路の様子を甦らせてくれる本作品の再刊を、静かに喜びたい。
2つ目は、警察の縄張り意識が、リアルに描かれていることだ。
本作では、東京で事件が起き、神奈川県で事件が起きた。警視庁と神奈川県警の合同捜査になると思いきや、神奈川県警が、容疑者を早々と逮捕してしまった。そして、容疑者が自供してしまった。
だが、警視庁の捜査方針と、神奈川県警の捜査方針は真逆である。
警視庁の方針で捜査をすれば、神奈川県警の捜査を否定することになる。神奈川県警の方針通りに進めば、警視庁の方針が否定されることになる。
神奈川県警は容疑者を逮捕し、自供させてしまったので、警視庁が神奈川県警を否定するのは難しい。それでも、東京の事件を解決する必要がある。そのためには、神奈川県警の捜査を否定する必要がある。でも、できない。
だから、動きが取れないのだ。
こうした警察同士の微妙な綱引き、縄張り意識が実によく描かれていた。本作でも、今回の捜査の難しさについて、十津川は、次のように話していた。
「ある男を殺人犯として起訴して、その裁判が開かれているときに、一方で警察が、その男の無罪を証明するために動いている。そんなことが許される筈がないからね」
だから、十津川たちは、真犯人を見つけ出すと同時に、逮捕された男の無実も証明する必要がある、というむずかしい局面を迎えたのだ。
3つ目は、犯人を追いつめていく過程の面白さである。
犯人に圧力をかけ、尾行し、罠にかけ、少しずつ少しずつ、追い詰めていく。これが十津川警部シリーズの真骨頂。では、どうやって、犯人を追いつめたのか?
それは、本作を読んで、この面白さを体感してほしい。1980年代の名作のひとつと言われる本作。絶対に期待を裏切らないはずである。
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