初版発行日 2004年4月25日
発行出版社 光文社
スタイル 長編
私の評価
黒い殺意を乗せて走る「はやて」!旅情あふれるトラベル・ミステリーに、社会派のテーマを盛り込んだ意欲作!
あらすじ
十和田への帰郷を楽しみにしていた奥田は、なぜ殺されたのか?彼を慕うスナックのママ・明子は、奥田が乗るはずだった「はやて13号」で、青森に向かった。奥田の過去を調べる明子に襲いかかる魔の手。十津川警部の必死の捜査が、事件の背後に潜む欲望の利権構造を炙り出す!
小説の目次
- 「はやて13号」グリーン
- 十和田行
- 女性弁護士
- 三人目の死
- 愛について
- 八戸市内
- 婚姻届
冒頭の文
JR中野駅周辺には、最近は、立派な新築マンションが、次々に建つようになっていたが、その一角だけ、時間が止まってしまったような木造アパートが、一軒だけ残っていた。
小説に登場した舞台
- 東京駅(東京都千代田区)
- 上野駅(東京都台東区)
- 青森駅(青森県青森市)
- 酸ヶ湯温泉(青森県青森市)
- 奥入瀬渓流(青森県十和田市)
- 十和田湖(青森県十和田市)
- 休屋(青森県十和田市)
- 十和田ふるさとセンター(秋田県・小坂町)
- 乙女の像(青森県十和田市)
- 八戸駅(青森県八戸市)
- 鹿角市役所(秋田県鹿角市)
登場人物
警視庁捜査一課
- 十津川省三:
警視庁捜査一課の警部。主人公。 - 亀井定雄:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の相棒。 - 西本明:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 日下淳一:
警視庁捜査一課の刑事。十津川警部の部下。 - 三上刑事部長:
刑事部長。十津川警部の上司。
NA建設
- 岸田完:
60歳。東京有明にあるNA建設の社長。青森県選出の代議士。 - 松木豊:
東京有明にあるNA建設の広報部長。 - 氏家美代子:
岸田完の秘書。
事件関係者
- 奥田濠:
35歳。日雇い労働者。青森県の十和田出身。中野にある築40年アパート「富士見荘」に住む。かつて十和田で旅館を経営していたが、3年前に経営不振で倒産し、東京に出てきた。自宅アパートで焼死体となって発見される。死因は刺殺。 - 佐々木明子:
58歳。中野にあるスナック「あき」のママ。奥田濠行きつけだった。 - 足立秀雄:
60歳。青森市内にある個人タクシーの運転手。奥田濠の知り合い。 - 戸川専太郎:
十和田湖畔にある十和田西ホテルの社長。 - 戸川明:
戸川専太郎の息子。十和田西ホテルの営業部長。 - 菅原:
八戸ニューグランドホテルの社長。戸川専太郎の甥。かつて岸田完の秘書をしていた。現在は岸田完の後援会長をしている。 - 深町恵子:
48歳。銀座六丁目の深町法律事務所を経営する弁護士。新幹線はやてのグリーン車で毒殺される。 - 青地:
35歳。深町法律事務所で働く弁護士。 - 池内昭一:
NA建設の下請け業者。十和田湖畔で産業廃棄物の埋め立てをしている。 - 和田:
十和田湖畔の産業廃棄物埋め立てに反対するグループのリーダー。 - 河野:
十和田湖畔の産業廃棄物埋め立てに反対するグループのメンバー。 - 大井:
十和田湖畔の産業廃棄物埋め立てに反対するグループのメンバー。 - 三木綾子:
十和田湖畔の産業廃棄物埋め立てに反対するグループのメンバー。
その他の登場人物
- 江上:
青森県警の刑事。 - 久保田:
青森県警の警部。 - 福田:
東北新幹線はやての車掌。
印象に残った名言、名表現
(1)十津川警部の予感。
十津川は、ひょっとすると、この事件は、長引きそうだな、という予感がした。金のない被害者を殺した動機は、物盗りとは思えず、怨恨の線が強い。それなのに、奥田の郷里の家には、電話がかからないし、家族の消息も、つかめない。
(2)場末のスナックのママは、かく語りき。
「ここは、人生の吹き溜まり。お客も、その吹き溜まりの、ゴミみたいな人たちばっかりね。」
「でも、わけ知りのゴミばかりね。よく、落語でいうじゃないの。ゴミだって、自分で吹き溜まりに来たくて、来ているんじゃない。仕方がなくて、来ているんだって」
(3)帰省列車ということばには、哀愁が込められている。
奥田もときどき、帰省列車という言葉を、使っていた。いつか、帰省列車に乗って、郷里の青森に帰りたい。いつもは、そんなことをいわないのに、酔っぱらうと、奥田は、そんなことを口にした。
感想
重厚な社会派ミステリーだった。
殺人事件の背景には、十和田湖畔の産業廃棄物問題があり、この問題に反対する地元メンバーや支援する弁護士と、この土地の利権を手に入れる建設会社、悪徳政治家、地元の有力者が対決する構図があった。
こうした社会問題の中で、殺人事件が起こるという構図である。
重厚な社会派としてのミステリーだけでなく、登場人物それぞれの思いが涙を誘う。人情・愛情ものとしても秀逸な作品だった。
とくに、物語序盤で登場する、人生の敗北者たちが集まる、場末のスナックのシーンには、現代の格差社会の一端が、如実に現れていたと思う。
ほんとうに、読み応えのある作品だった。
最後に、本書の刊行にあたって発表された、西村京太郎先生のことば紹介しておく。
青森の八戸まで、新幹線が通ったというので、早速、取材に出かけた。
こうした時、いつも感じるのは、プラスとマイナスがあることである。新しい交通手段によって、その地方が、中央に近づく。経済の面でも、人間同士の交流でも。
しかし、その一方で、中央で起きている犯罪も、地方に移っていく。地方が利用される。そんな現実を切実に感じた取材だった
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